真田城(さなだじょう)

真田城の基本情報

通称・別名

実田要害

所在地

神奈川県平塚市真田(天徳寺)

旧国名

相模国

分類・構造

丘城

天守構造

築城主

真田義忠

築城年

応永年間(1394〜1428)

主な改修者

上田氏

主な城主

真田氏、上田氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

周辺の城

岡崎城(神奈川県伊勢原市)[2.7km]
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真田城の口コミ情報

にゃにゃーにょ豊後守様[2016年07月01日]
実はここが「真田発祥の地」なのじゃぞ!

小田急線の東海大学前駅・鶴巻温泉駅が最寄りで、周囲より小高い台地上にある『天徳寺』が真田城の中枢だと云われておるのじゃ。

天徳寺に入ってすぐ左手奥に真田与一を祀る『与一堂』(眞田与一廟所)に解説板があり、天気が良ければ富士山も望める箇所じゃ。
本堂の裏手が主郭とされる曽我郭(ソガクルワ)で現在は墓地が広がっており、北東隅にある櫓台と伝わる土塁から周辺の平野部がよく見渡せるぞい。

堀跡なども残っておったそうじゃが平塚市の区画整理事業による発掘調査後に埋め戻され、現在は残念ながら道路やコンビニなどになっておる…。

他に天徳寺の東側にある鬼城(オンジロ)地区は真田城の出城のような場所で、そこの道路が屈折した形なのも東方からの防御のためと考えられるぞい。

★源頼朝の挙兵に馳せ参じ、石橋山の戦い(治承4年/1180年)で討死した真田与一(佐奈田義忠)が居館を築いたのが始まりなのじゃ。
ただ城としての遺構は後の領主、扇谷上杉氏による改修のようじゃのう。

廃城後、1574年に北条家臣の鈴木隼人が天徳寺を創建したそうじゃ。

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