波多野城(はだのじょう)

波多野城の基本情報

通称・別名

所在地

神奈川県秦野市寺山

旧国名

相模国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

波多野次郎

築城年

鎌倉時代

主な改修者

主な城主

波多野氏

廃城年

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

真田城(神奈川県平塚市)[5.4km]
糟屋館(神奈川県伊勢原市)[5.6km]
岡崎城(神奈川県伊勢原市)[7.5km]
七沢城(神奈川県厚木市)[7.9km]
公所ほんの内屋敷(神奈川県平塚市)[8.4km]

波多野城の口コミ情報

にゃにゃーにょ豊後守様[2017年04月01日]
波多野城は、相模国西部の丹沢山麓に広がる秦野盆地にあった…と云われておる城なのじゃ。
江戸期の「新編相模国風土記稿」にも波多野次郎の城跡との記述があるぞい。

県道70号線沿いにある東小・中学校から谷を挟んだ西の小高い丘がそれで、丘の西を流れる金目川が天然の堀となる立地や城郭に見える地形を目にするぞい。
その台地南方の畑の中の柵で囲まれた場所に城址碑や説明板などがあるのじゃ。

しかしのう…この丘の上全体だと城地が広すぎる様じゃし、東側の台地の方が高いのも防御はどうかと思ったのう。
近年の発掘調査でも館跡などの痕跡は見つからなかったそうじゃ…
じゃが調査によると、中世初期の居館跡は中学校東側の寺山字「竹ノ内」(館の内?)辺りのようじゃ、付近にも玄蕃屋敷、殿前、門畑など城館を示す地名が存在したそうなのじゃ。

城址より1km程西の「源実朝公御首塚」前にある『東田原中丸遺跡』(田原ふるさと公園)も発掘調査で鎌倉時代の館跡の遺構が発見されたそうなのじゃ。
実朝公は波多野氏の居館の敷地内に埋葬されたのかもしれぬのう…。
☆ここは駐車場や地元の物産販売の店もあるぞい。

笑門来猫様[2017年01月02日]
東中学校の西側、現在は農地となっている場所に、案内板や石碑があります。
空堀の底の降りて上を見上げると、両脇にそそりたつ崖があり、いかにもな雰囲気があるのですが、残念ながら発掘調査では証拠となる遺物は発見できず...とのことです。
ちなみにすぐ近くに、鎌倉幕府三代将軍、源実朝の首塚があり、そちらの方が館跡として有力との話もあります。

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