根城(ねじょう)

根城の基本情報

通称・別名

八戸城、八戸根城

所在地

青森県八戸市根城下町42

旧国名

陸奥国

分類・構造

連郭式平山城

天守構造

築城主

南部師行

築城年

建武元年(1334)

主な改修者

主な城主

南部氏

廃城年

寛永4年(1627)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)、井戸

指定文化財

国史跡(根城跡)

再建造物

主殿、中馬屋、工房、鍛冶工房、板倉、納屋、東門、石碑、説明板

周辺の城

八戸城(青森県八戸市)[2.5km]
尻内城(青森県八戸市)[3.9km]
櫛引城(青森県八戸市)[4.0km]
風張館(青森県八戸市)[5.0km]
新田城(青森県八戸市)[5.2km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

5 根城

設置場所

史跡根城の広場料金所[地図
八戸市博物館受付[地図
根城史跡ボランティアガイドハウス窓口[地図

根城の解説文

根城(ねじょう)は、日本の城。国の史跡に指定。日本100名城の一つ。

概要
根城は八戸市街地の西端にあり馬淵川南岸の河岸段丘上にある。
本丸・中館・東善寺・岡前舘・沢里館の5つの館(曲輪)が連なる連郭式の平山城である。

現在、館跡の礎石、曲輪、空堀、土塁が遺構として認められる。本丸には主殿・中馬屋・工房・鍛冶工房・板倉・納屋・東門が復元されている。

歴史・沿革
南北朝時代
1333年 南朝方に属する武将・北畠顕家は陸奥国司として後醍醐天皇の皇子・義良親王を奉じて陸奥国に下向した。この時、南部師行が国司代に任じられて同行した。
1334年 師行は、糠部郡八森に城を構えた。師行はここを、南朝方の根本となる城という願いから「根城」と名付けたといわれる。師行は大光寺合戦などで戦功を立て津軽地方にも勢力を伸長した。
1338年 南部師行は北畠顕家とともに足利尊氏討伐に遠征した。師行は和泉国石津川(現・大阪府堺市西区浜寺石津町)の地で北朝方の高師直との戦いで顕家と共に戦死した。
師行の死後、弟の政長が跡を継いだ。政長は室町幕府より再三の降伏勧告を受けたが従わず南朝への忠誠を守り続けた。しかし、南朝方が次第に劣勢となると、京より遠く離れた奥州北部の南部氏の勢力も次第に弱体化していった。
1393年 南部氏8代の八戸政光は本領の甲斐より、根城に移って南部氏の再興を図った。この系統は八戸氏とも呼ばれている。その後も周囲での小競り合いが絶えず不安定な時代が続いた。そして、同族である三戸南部氏が次第に有力になる。

安土桃山時代
1590年 小田原の役の際に宗家の三戸城主南部信直は豊臣秀吉の元に帰参して所領の南部7郡を安堵された。この際に、根城八戸氏も宗家の支配下に組み込まれた。

江戸時代
宗家の南部利直は盛岡城を築き盛岡藩を開いた。同時に八戸も盛岡藩領に帰属した。...

根城の口コミ情報

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