花輪城(はなわじょう)

花輪城の基本情報

通称・別名

下花輪城

所在地

千葉県流山市下花輪字寺下1355(花輪城址公園)

旧国名

下総国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

平本定虎

築城年

不明

主な改修者

主な城主

平本氏

廃城年

16世紀後期

遺構

曲輪、土塁、堀切

指定文化財

再建造物

模擬木橋、石碑(花輪城址公園)、説明板

周辺の城

前ケ崎城(千葉県流山市)[3.3km]
小金城(千葉県松戸市)[4.3km]
根木内城(千葉県松戸市)[5.2km]
和井田氏屋敷(埼玉県八潮市)[6.3km]
山崎城(千葉県野田市)[6.4km]
松ヶ崎城(千葉県柏市)[7.2km]
宇田家屋敷(埼玉県越谷市)[7.7km]
増尾城(千葉県柏市)[7.9km]
戸張城(千葉県柏市)[8.3km]
布施城(千葉県柏市)[8.3km]

花輪城の口コミ情報

2021年06月03日 くるみ丸
花輪城



流山おおたかの森駅から徒歩30分、城址公園到着 それなりに、縄張りがうかがえる地形が残っていました

2021年05月23日 国府武蔵守城介
流山新選組本陣跡[花輪城  寺社・史跡]



近藤勇と土方歳三の離別の地

【歴史】
下総鎮撫隊を組織した近藤勇(大久保大和)と土方歳三(内藤隼人)は、慶応4年4月1日に流山に屯集し、豪商「長岡屋」の永岡三郎兵衛宅を本陣した。4月3日には糟壁(現在の春日部市)に駐留していた維新政府軍の香川敬三が北の羽口の渡しから急襲し、本陣は包囲された。近藤勇は自刃しようとしたが、土方歳三がそれを押し止め、大久保と改名されたことを知られていないことを利用して、出頭させた。しかし、結局は新選組の近藤勇であることが分かり、板橋宿で斬首となり、近藤勇と土方歳三の永遠の別れとなった。(現地、説明版より一部抜粋)
なお、長岡屋は維新後に倒産し、幾つかの会社を経て、現在は秋元屋になっている。

【遺構】
陣屋跡を示す石碑と、長岡屋の土台の石が残っている。

【感想】
近藤勇と土方歳三が永遠の別れとなった流山の地ですが、訪問時はすっかりと忘れていました(汗) 流山駅にて市内の観光マップを見ていたら、新選組の二文字があり、しかも駅からかなり近い場所にあったので、よし行こうというの感じで訪問しました。当時を偲ぶ遺構は、土台の石しかありませんが、ここが二人の離別の地だと思うと、新選組が好きな人間であれば、グッとくるものがあります。
なお、毎年4月の第二週には、「流山新選組まつり・勇忌」というものがあるので、機会があれば、参加してみたいと思います。

【アクセス】
流山鉄道・流山駅から徒歩4,5分程。

【写真】
1:石碑
2:長岡屋の土台の石

2016年07月03日 平 大宰帥 泰次郎 將門
花輪城

駐車場、トイレ共にありませんが、下花輪Y字路(マクド○ルド)のあり
城趾側の信号機脇に車2台程のスペースあり


2016年05月22日 まー刑部卿
花輪城

先人の停めた場所より50m先に公民館があるためそこに駐車。空堀らしき遺構有り。土塁のところは墓地。

2011年12月25日 野舘宮内少輔サラマンダー
花輪城

2011年12月24日12時40分頃(20分)
東葛病院の向かい側に石碑がありますが、もうちょっと南に下った信号付近のスペースに駐車しました
その時初めて気が付いたのですが、南側から登れる所が(立入禁止になっていましたが)
東側は一段低い公園になっており、そこから花輪城を見上げると高さ10m位の崖になっていて、県道からは想像出来ない城としての顔を見る事が出来ました
正面西側から入ろうとしましたが、こちらも立入禁止…
中には入れませんでしたが中々見応えがありました

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