流山新選組本陣跡
流山新選組本陣跡([花輪城 寺社・史跡])
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流山新選組本陣跡の口コミ情報
2021年05月23日 国府左京大夫城介
近藤勇と土方歳三の離別の地
【歴史】
下総鎮撫隊を組織した近藤勇(大久保大和)と土方歳三(内藤隼人)は、慶応4年4月1日に流山に屯集し、豪商「長岡屋」の永岡三郎兵衛宅を本陣した。4月3日には糟壁(現在の春日部市)に駐留していた維新政府軍の香川敬三が北の羽口の渡しから急襲し、本陣は包囲された。近藤勇は自刃しようとしたが、土方歳三がそれを押し止め、大久保と改名されたことを知られていないことを利用して、出頭させた。しかし、結局は新選組の近藤勇であることが分かり、板橋宿で斬首となり、近藤勇と土方歳三の永遠の別れとなった。(現地、説明版より一部抜粋)
なお、長岡屋は維新後に倒産し、幾つかの会社を経て、現在は秋元屋になっている。
【遺構】
陣屋跡を示す石碑と、長岡屋の土台の石が残っている。
【感想】
近藤勇と土方歳三が永遠の別れとなった流山の地ですが、訪問時はすっかりと忘れていました(汗) 流山駅にて市内の観光マップを見ていたら、新選組の二文字があり、しかも駅からかなり近い場所にあったので、よし行こうというの感じで訪問しました。当時を偲ぶ遺構は、土台の石しかありませんが、ここが二人の離別の地だと思うと、新選組が好きな人間であれば、グッとくるものがあります。
なお、毎年4月の第二週には、「流山新選組まつり・勇忌」というものがあるので、機会があれば、参加してみたいと思います。
【アクセス】
流山鉄道・流山駅から徒歩4,5分程。
【写真】
1:石碑
2:長岡屋の土台の石