世田谷城(せたがやじょう)

世田谷城の基本情報

通称・別名

所在地

東京都世田谷区豪徳寺

旧国名

武蔵国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

吉良氏

築城年

応永年間(1394〜1428)

主な改修者

主な城主

吉良氏

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

都史跡(世田谷城跡)

再建造物

説明板

周辺の城

赤堤砦(東京都世田谷区)[1.2km]
三宿城(東京都世田谷区)[2.4km]
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深沢城(東京都世田谷区)[3.9km]
烏山城(東京都世田谷区)[4.1km]

世田谷城の解説文

世田谷城(せたがやじょう)は東京都世田谷区豪徳寺にあった日本の城。

概要
世田谷城は、吉良氏によって築かれた平山城。世田谷に本拠を置いた奥州吉良氏が代々居を構えた。

歴史・沿革
貞治5年(1366年)、吉良治家が世田谷郷を与えられる。
応永年間(1394年 - 1426年)頃、居館として整備されたと考えられている。
吉良成高の頃、城郭として修築されたものと考えられている。
天正18年(1590年)、吉良氏朝の代に小田原征伐により豊臣氏勢に接収されたが、同戦役後廃止された。江戸城改修に石材を利用したという。

構造
世田谷城は経堂台地から南に突き出た舌状台地上に占地し、城域の三方を取り囲む様に麓を烏山川が流れ天然の堀を成していた。

開発が進み旧態は詳らかでないが、豪徳寺付近に本丸を置き、現在の世田谷城址公園付近まで城域が拡がっていたものと考えられている。

考古資料
遺構
世田谷城址公園内から北に向けて延びる、空堀及び土塁が現存する。世田谷城址公園内の遺構に関しては公園整備時に手が加えられているが、豪徳寺住宅脇の遺構は良く旧態を留めている。

参考文献...

世田谷城の口コミ情報

ふーきち右近将監様[2016年06月19日]
世田谷城址公園、豪徳寺と史跡が多い。住宅街で本当に静かな場所。トイレは完備。駐車場は無し。

田部朝臣土持兵庫頭様[2013年01月11日]
住宅地の真ん中で静かな場所。駐車場はなし。公園の範囲はけして広くないが十分な見応えがある。説明文があり、隣接の豪徳寺に屋敷とかがあったとか、教育的で好感をもった。

古楽侍従広家様[2010年09月13日]
この城のまわりの窪みは堀の跡らしいです。相当大きいですよね。

真田左衛門佐信繁様[2010年06月07日]
昨日リアルに訪問して来ましたが、なかなか雰囲気があってイイとこでした

23区内で静かに城めぐりしたい人にはオススメ

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