喜多見城(きたみじょう)
喜多見城の基本情報
通称・別名
- 喜多見陣屋
所在地
- 東京都世田谷区喜多見4
旧国名
- 武蔵国
分類・構造
- 平城
天守構造
- -
築城主
- 喜多見氏
築城年
- 13世紀
主な改修者
- -
主な城主
- 喜多見氏
廃城年
- -
遺構
- (発掘調査:堀、掘立柱跡、礎石跡)
指定文化財
- -
再建造物
- -
周辺の城
-
大蔵館(東京都世田谷区)[1.1km]
作延城(神奈川県川崎市)[2.9km]
瀬田城(東京都世田谷区)[3.2km]
枡形城(神奈川県川崎市)[3.7km]
烏山城(東京都世田谷区)[4.7km]
深沢城(東京都世田谷区)[4.8km]
狛江入道館(東京都調布市)[5.1km]
世田谷城(東京都世田谷区)[5.2km]
寺尾城(神奈川県川崎市)[5.3km]
赤堤砦(東京都世田谷区)[5.5km]
喜多見城の解説文
喜多見城の口コミ情報
2026年07月01日 HAL2000壱岐守
喜多見城
世田谷区の喜多見古墳群の只中にある須賀神社。ここが喜多見城があったとされる場所です。すぐそばには大六天塚古墳や稲荷塚古墳があります。
喜多見氏とは、鎌倉開府以前からいた武蔵国の武士、江戸氏の一族。江戸氏は鎌倉幕府の御家人であり、江戸城が未だ全然田舎城だったころの江戸城主。傍流として木田見(喜多見)の地に土着したのが喜多見氏。太田道灌に江戸城を追われた江戸氏は、木田見の江戸氏が本流になっていったそう。木田見氏は、主君を古河公方→後北条氏→豊臣家→江戸幕府と上手く立ち回り、徳川綱吉の頃、ついに喜多見藩立藩を成し遂げたそうです。なんと喜多見城は江戸時代に藩庁舎(陣屋)でもあったのです。ただたったの5年ばかしで取り潰し(改易)。今はもうその面影は無く、近くの慶元寺の立派さに往時を偲ぶのみです。
2026年06月30日 HAL2000壱岐守
狛江館[喜多見城 周辺城郭]
古墳がたくさんあったことから「狛江百塚」なんて言われた狛江市。近年では宅地開発に伴い、その多くが失われていきました。なぜ多いかというと、「狛(高麗)」の名前が指す通り、古代に朝鮮半島にルーツをもつ渡来系の技術者が移り住んだとも言われます。
のちの鎌倉時代、関東平野にいた初期武士集団である武蔵七党の支族の一つに狛江氏がいたそうで。そのルーツが狛江市にあるとして、であればその居館は、隣り合う日枝神社と影向山圓住院の地にあったと考えられているそうです。由来はネットで調べてもよくわかりませんでした。地域史にアクセスできる有識者の見解を待つばかりです。
2025年02月24日 健康人53号
喜多見城
和泉多摩川駅から30分位で到着。住宅地の公園一画に在る神社⛩️です。遺構は有りません。背後の大木が建屋と比較していかに大きいか驚きです。周囲には古墳や遊歩道がありのんびりとした時間を過ごせます。
2024年09月17日 ようくん尾張守
喜多見城
二子玉川駅から東急バスで20分ほど。次大夫堀公園前というバス停から徒歩で更に7分ほど歩くと登城出来ます。須賀神社と慶元寺辺りが喜多見城(陣屋、館)跡のようです。
2024年09月02日 tower428飛騨守
喜多見城
特に石碑や案内はなく神社の中が喜多見城でした。須賀神社周辺にトイレがないので、バス停近くの喜多見まちづくりセンターでトイレを借りれます。喜多見地域の資料も置いてあるのでご覧いただきながら須賀神社を目指して歩くといいと思います。
2024年09月01日 オカピバラ摂政
喜多見城
成城学園前⇔二子玉川のバス 玉07系で次大夫堀(じだゆうぼり)公園バス停で下車して須賀神社まで歩きました。バス停から須賀神社まで細い道を進むので分かりにくいです。
2023年05月31日 Tenshi49
喜多見城
小田急 狛江駅南口から1番乗り場で小田急バス〝喜多見住宅行き〟に乗車。後は城取りマップで城跡〝須賀神社⛩️〟を目指し徒歩で探す❗️
2022年10月27日 じんしょ
喜多見城
案内の場所には社と古墳があるだけ。近くの喜多見氏の菩提寺の慶元寺は江戸重長の像もあるので必見。
2022年03月05日 式部大輔てつ
喜多見城
慶元寺に本城があったようですが、遺構は見つけられませんでした。近くに、第六天塚古墳、須賀神社があります。
2021年09月16日 Takakim大膳大夫
喜多見城
住宅地の中に突如現れる古刹と小さな神社。慶元寺を含めた広大な陣屋跡地で、かつての佇まいを感じずにはいられない素晴らしい一帯である。
2021年02月13日 さすらいライダー
喜多見城
世田谷 喜多見の住宅街のなか、場所がちょつと分かりにくい❗️駐車場はないようですが、所在地には神社が建っており、敷地に空き地がありました。自己責任で❗️また、すぐ横に、古墳がありました。
2020年11月03日 嘘つき宰相アベ
喜多見城
須賀神社あたりが城マーク。喜多見城(館)の庭園に須賀神社(天王様)を勧請したみたい。
2020年08月03日 ばんきえ
喜多見城
小田急狛江駅もしくは和泉多摩川駅から約2km、慶元寺辺りが喜多見陣屋跡です。特に遺構は見当たらず、寺内に江戸太郎重長公銅像のみ。
2012年04月04日 飛龍図書允木偶
喜多見城
地元の人は城でなく陣屋跡とよんでる。










喜多見氏は古河公方、のち北条氏の家臣であったが北条氏滅亡後は徳川家の家臣となった。徳川5代将軍・徳川綱吉の代に喜多見に陣屋を置き、喜多見藩を立てた。
しかし立藩直後、刃傷事件に連座して改易された。
陣屋は現在の慶元寺門前付近にあったとされるが、特に遺構などは残っていない。