喜多見城(きたみじょう)

喜多見城の基本情報

通称・別名

喜多見陣屋

所在地

東京都世田谷区喜多見4

旧国名

武蔵国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

喜多見氏

築城年

13世紀

主な改修者

主な城主

喜多見氏

廃城年

遺構

(発掘調査:堀、掘立柱跡、礎石跡)

指定文化財

再建造物

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喜多見城の解説文

喜多見城は江戸氏(のちに喜多見氏)が築城した城館であるとされる。喜多見陣屋とも。

喜多見氏は古河公方、のち北条氏の家臣であったが北条氏滅亡後は徳川家の家臣となった。徳川5代将軍・徳川綱吉の代に喜多見に陣屋を置き、喜多見藩を立てた。

しかし立藩直後、刃傷事件に連座して改易された。

陣屋は現在の慶元寺門前付近にあったとされるが、特に遺構などは残っていない。

喜多見城の口コミ情報

2020年11月03日 嘘つき宰相アベ
喜多見城

須賀神社あたりが城マーク。喜多見城(館)の庭園に須賀神社(天王様)を勧請したみたい。

2020年08月03日 ばんきえーる
喜多見城



小田急狛江駅もしくは和泉多摩川駅から約2km、慶元寺辺りが喜多見陣屋跡です。特に遺構は見当たらず、寺内に江戸太郎重長公銅像のみ。

2012年04月04日 飛龍図書允木偶
喜多見城

地元の人は城でなく陣屋跡とよんでる。

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