白河関(しらかわのせき)

白河関の基本情報

通称・別名

白河の関、(関ノ森城)

所在地

福島県白河市旗宿

旧国名

磐城国

分類・構造

関所

天守構造

なし

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

主な城主

不明

廃城年

遺構

土塁、空堀

指定文化財

国史跡(白河関跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

白川城(福島県白河市)[7.6km]
芦野城(栃木県那須郡)[8.7km]
白河小峰城(福島県白河市)[9.6km]
棚倉城(福島県東白川郡)[14.1km]
高助館(福島県西白河郡)[15.5km]

白河関の解説文

白河の関(しらかわのせき)は、鼠ヶ関(ねずがせき)・勿来関(なこそのせき)とともに、奥州三関の一つに数えられる関所である。都から陸奥国に通じる東山道の要衝に設けられた関門として史上名高い。

福島県白河市旗宿がその遺構として認定されている。国の史跡に指定されている。

概要
その設置の年代は不明である。六国史における白河の初出は718年(養老2年)5月2日 (旧暦)に陸奥国から「白河」など5郡を分割して石背国を設置するという記事で、その後728年(神亀5年)4月11日 (旧暦)には白河軍団の新設を許可、そして769年(神護景雲3年)3月13日 (旧暦)には陸奥国大国造道嶋宿祢嶋足の申請によって何らかの功績を果たしたらしい者への賜姓付与が行われ、白河郡では丈部某と大伴部某がそれぞれ阿部陸奥臣および阿部会津臣を授かっている。また780年(宝亀11年)12月22日 (旧暦)には陸奥鎮守府副将軍の百済王俊哲が賊に囲まれ危機に瀕したが「白河」の神など11神に祈ったところこれを突破できたとして弊社に加えることを許可している。こうしたことから、ヤマトの軍事的要衝としての白河関の機能は平安中期には解消したものと考えられている。関の廃止の後、その遺構は長く失われて、その具体的な位置も分からなくなっていた。1800年(寛政12年)、白河藩主松平定信は文献による考証を行い、その結果、白河神社の建つ場所をもって、白河の関跡であると論じた。

1960年代の発掘調査の結果、土塁や空堀を設け、それに柵木(さくぼく)をめぐらせた古代の防禦施設を検出、1966年(昭和41年)9月12日に「白河関跡」(しらかわのせきあと)として国の史跡に指定された。

なお、白河関にちなみ東北地方および北海道をまとめて「白河以北」と称する場合がある。宮城県の地方紙「河北新報」の名は、これに由来する。

白河関の口コミ情報

永眠武蔵守釋 葱進様[2016年04月10日]
関跡なのに結構な規模の土塁や空堀が遺されている(というよりも土塁や空堀があった)ことが意外に思えました。
敷地内には現在白河神社が鎮座しており、その社殿は伊達政宗が寄進したものと云われているます。
境内には発掘調査に関する解説板(図入り)があり、見学するのに役立ちます。

社務所にパンフレットあり。不在時でも頂けます。
駐車場は社務所向かいにありトイレもそこにありますが、ごく近くにある白河関の森公園を利用するのもよいと思います。

傾奇揚げ仙兵衛様[2012年08月24日]
空堀や土塁が残っている。1800年に松平定信がここに関があったと断定したと言う石碑(古関蹟の碑)がある。

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