陣が峯城(じんがみねじょう)

陣が峯城の基本情報

通称・別名

陣ヶ峰城

所在地

福島県河沼郡会津坂下町宇内字五目

旧国名

岩代国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

城重則?

築城年

平安時代

主な改修者

主な城主

城氏

廃城年

遺構

土塁、横堀(空堀)、掘立柱建物跡、鍛冶炉跡、土坑、溝跡

指定文化財

国史跡(陣が峯城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

新宮城(福島県喜多方市)[3.7km]
青山城(福島県喜多方市)[11.1km]
神指城(福島県会津若松市)[11.7km]
会津若松城(福島県会津若松市)[15.9km]
柏木城(福島県耶麻郡)[16.6km]
向羽黒山城(福島県大沼郡)[18.8km]
猪苗代城(福島県耶麻郡)[26.1km]
桧原城(福島県耶麻郡)[26.4km]
津川城(新潟県東蒲原郡)[32.7km]
母成峠防塁(福島県郡山市)[38.2km]

陣が峯城の解説文



陣が峯城(じんがみねじょう)は、福島県河沼郡会津坂下町にあった平安時代末期の城館(日本の城)。遺跡は陣が峯城跡(じんがみねじょうあと)として国の史跡に指定されている。

遺跡は近世以降も再利用されず、撹乱をまぬがれ中央平坦部は畑となっているが、一部敷地は公民館が建てられている。

歴史 

陣が峯城のある一帯は平安時代末期は摂関家領の会津蜷河荘であったことが確認されており、永久2年(1114年)に藤原忠実が伝領している。そのような経緯より、城の築城者は蜷河荘の管理に携わっていた人物であると思われる。このようなことから、忠実の孫にあたる九条兼実の日記『玉葉』に登場する「藍津之城(あいづのしろ)」は陣が峯城である可能性がある。なお、伝承では越後の城助職(長茂)によって建てられたといわれている(城氏は慧日寺衆徒頭・乗丹坊とも強い結びつきがあるなどこの時期の会津に大きな勢力を保持していたと思われる)。しかし『恵隆寺縁起』によれば陣が峯城は城助職(長茂)と乗丹坊によって攻められたという。

史跡指定 

遺跡が所在する会津坂下町教育委員会では、その重要性に鑑み2002年度(平成14年度)から3年間にわたり内容確認のための発掘調査を行った。その成果から、12世紀の城館遺構が残る遺跡としては全国でも珍しく貴重であるとして、2007年(平成19年)7月26日、陣が峯城跡(じんがみねじょうあと)として国の史跡に指定された。

遺構と遺物 

遺構
城は段丘の地形に沿って築かれ、東西110メートル、南北170メートルの平場に加え、西方にも平場が付属しており、総面積は4ヘクタールにも及ぶ。堀は二重堀(幅は合わせて60メートル、深さ15メートル)であることが確認されており、城の西側にその遺構が残っている。また、発掘調査によって、中心部分より4棟の掘立柱建物跡、1基の鍛冶炉跡のほか、多数の土坑や溝跡が検出された。
遺物
同時にそれらの遺構より白磁などの多くの貿易陶磁器や青銅製品、鉄製品が出土したが、それらのほとんどは被熱しており、また、多量の炭化物とともに鉄鏃がランダムに出土したことから、城は戦いによって焼失したと推定される。発掘された遺物は、2010年(平成22年)5月21日に、一括して陣が峯城跡出土品として福島県指定重要文化財に指定された。

城の周辺 

城跡の西には高寺伝承で有名な高寺山の丘陵が連なり、その麓には鎌倉時代造立の千手観音像(国重文)を本尊とする恵隆寺、平安時代初期造立といわれている薬師如来像(国重文)を本尊とする上宇内薬師堂(会津五薬師の一つ)がある。城跡の東側は会津盆地の田園風景が広がり、およそ約2キロメートルの地に亀ヶ森・鎮守森古墳がある。また、城の周辺には前記2古墳のほかにも多数の古墳が確認されており、前記の寺院や陣ヶ峰城の存在を照らし合わせると、中世初期に佐原義連一族が入部するまでは陣ヶ峰城一帯が古代会津の中心であった可能性も考えられる。

陣が峯城の口コミ情報

2025年09月19日 鈴木剛
陣が峯城



入口にある地図もしかして場所と名前の矢印消えているんでしょうか?だとすると少し写真の位置がずれているようです。建物の左側はロープが張られ立ち入り禁止になっていましたし建物の前に地図がなかったような気がします。

2025年09月19日 鈴木剛
広場跡(馬場)[陣が峯城  遺構・復元物]



馬で走るのも十分な広さです。手前に階段があり降りられそうですが足元が悪いのでやめました。

2025年08月17日 日和山
大槻館[陣が峯城  周辺城郭]



大槻館

所在地 耶麻郡西会津町大字野沢字本町
分類・構造 平城
築城主 伊藤盛定
築城主 延徳年間(1489~91)
主な改修者 大槻太郎左衛門政通
主な改修年 永禄5年(1562)
廃城年 天正6年(1578)
遺構 土塁、空堀

全盛期の芦名氏に敢然と反旗を翻した大槻太郎左衛門の居館です。遍照寺という寺の境内になっていますが、周囲に土塁が残っています。空堀もあるのですが、民家が建っていたりして、良好には見ることは出来ません。

大槻太郎左衛門は、もと大庭氏で、芦名家の中でも勢力を誇っていましたが、それで芦名盛氏に目を付けられ、わずかな所領を与えられて野沢大槻館に移されました(たぶん、伊藤大槻氏の名跡を継承させられたのでしょう)。これを不満に、西方の山内右近ら只見川以西の反盛氏勢力と共謀し反旗を翻しました。上杉謙信まで巻き込んだというのだから大物です。しかし、計画が事前に露見し、芦名勢に鎮圧され、岩屋に隠れていたところで討たれてしまいました。

密書を使者が落として事がばれたり、雪のなか、岩屋に隠れていたとき、物資の調達を依頼した猟師が芦名の軍勢を連れて帰ってきたりと、何かと抜けているのではありますが、地元では、全盛期の芦名氏に敢然と立ち向かった豪傑といわれています。

Wikiにも、どこのものか分かりませんが、ゆるーいキャラとともに人物が紹介されていますので、検索してみてください。

2025年07月06日 日和山
金上館[陣が峯城  周辺城郭]



金上館

所在地 河沼郡会津坂下町大字金上字舘
分類・構造 平城・方形館
築城主 北田次郎広盛
築城年 鎌倉時代
主な改修者 藤倉(金上)盛弘
主な改修年 建長4年(1252)頃
主な城主 金上盛備
廃城年 天正19年(1591)
遺構 土塁、水堀跡

芦名氏一族で津川城主であった金上氏の本領の館です。館内は民家になっていて入れませんが、周りの土塁と堀の跡がしっかり残されています。

写真1 北側の土塁、隅の部分が高くなっています
写真2 西側の土塁、道路がまんま堀の跡でしょうか

2024年07月13日 守破離対馬守誠信
陣が峯城



喜多方駅近のホテルで自転車を借りて、南西方向。新宮城は畑の中、近くの新宮熊野神社の長床(拝殿)から本殿がよかった。陣が峰はそこからさらに自転車で20分ほどか。やっぱり入り口からの二重堀。

2023年08月20日 マグロ常陸介祐平
陣が峯城



平安時代末期の城館で、国の史跡、発掘された陶磁器などは県の文化財に指定されています。

県道からの入口が土橋なのか後世のものかわかりませんが、両側には先へと続く二重の空堀と土塁が濃厚に確認できます。

中世以降、城郭として再利用されず、寺社が建立されることも無くこれ程遺構が残るのは凄いことだと思います。

2021年04月07日 藤陸奥守重真
陣が峯城

二重堀が良く残っています。駐車場は完備です。

2020年06月26日 マクスウェル
陣が峯城

案内盤の奥の公民館に駐車スペースがあります。案内盤の解像度の高い写真を貼ります。

2015年11月14日 カーネル
陣が峯城

只見線、会津坂下駅から、陣ヶ峯-新宮熊野神社-新宮城-北田城-笈川駅まで歩きました。

昨夜の天気予報で、『雨。傘が意味をなさないほどの強風も』の予報が当たり、常に風上側の半身がビシャビシャという状態でした。道路は高低差もなく、歩道も広いので快適ですが、風を遮るのでものがないので、風がとにかく凄い。傘を支える腕が筋肉痛になりそうです。

陣ヶ峯城は、堀がよかったです。2重の堀が圧巻でした。トータルで5時間半かかりました。雨風が無ければもっと早かったかも知れません。

こんだけ歩いて、新宮熊野神社以外で歩いている人は一人も見かけませんでした・・・歩き計画されてる方の時間目安になれば幸いです。

2012年10月28日 関白独眼竜梵天丸
北田城[陣が峯城  周辺城郭]

湯川村役場から西へ勝常寺へむかい県道331を北北東へしばらくすると入り口の案内表示あり、城跡は田んぼの中に土塁の一部、駐車スペースは軽自動車1台がやっと。

2011年04月02日 さくら主膳佑にゃ〜
陣が峯城

会津進出を図る越後平氏城重則によって築かれた会津八館の一で、永延二年(988)頃に構築されたといいます。家臣沖野太郎が居住したされますが、正暦二年(991)重則が当時会津盆地に勢力を振るった慧日寺(磐梯町)の寺代官斎藤宗顕と争い敗北、自刃し、八館の家臣はことごとく殉死したといいます。

現在川西公民館敷地となり、二重の空堀が明瞭に残っています。特に北側のスケールの大きさは必見。発掘調査の成果により、現在は上記の伝承よりかなり力のある豪族の居館であった推定されてます。

陣が峯城の周辺スポット情報

 二重堀(遺構・復元物)

 広場跡(馬場)(遺構・復元物)

 標柱、説明板、城域入口(碑・説明板)

 浜崎城(周辺城郭)

 浜崎館(周辺城郭)

 笈川城(周辺城郭)

 小十郎館(周辺城郭)

 北田城(周辺城郭)

 金上館(周辺城郭)

 大槻館(周辺城郭)

 生江館(周辺城郭)

 生江館(周辺城郭)

 青木館(周辺城郭)

 曲沼ノ館(周辺城郭)

 政所館(周辺城郭)

 旭田館(周辺城郭)

 的場城館(周辺城郭)

 経塚館(周辺城郭)

 杉館(周辺城郭)

 栗村館(周辺城郭)

 鐘突堂館(周辺城郭)

 二ノ平館(周辺城郭)

 福富館(周辺城郭)

 北城館(周辺城郭)

 舟渡城(雲雀城)(周辺城郭)

 片門館(周辺城郭)

 猿戻城(周辺城郭)

 本名館(周辺城郭)

 天屋一杯館(周辺城郭)

 向館(周辺城郭)

 阿久津城(周辺城郭)

 丸山館A(周辺城郭)

 丸山館B(周辺城郭)

 中野館(周辺城郭)

 今泉館(周辺城郭)

 中崎館(周辺城郭)

 麻生館(麻生城)(周辺城郭)

 猪鼻館(周辺城郭)

 軽井沢館(周辺城郭)

 夏井館(周辺城郭)

 塩坪館(周辺城郭)

 一竿ノ館(周辺城郭)

 西海枝館(周辺城郭)

 荻野館(周辺城郭)

 小森山館(周辺城郭)

 小牧館(周辺城郭)

 丸山館(周辺城郭)

 八重窪館(周辺城郭)

 上ノ島館(周辺城郭)

 上小島館(周辺城郭)

 松尾館(周辺城郭)

 横町館(周辺城郭)

 羽黒山館(周辺城郭)

 金城館(周辺城郭)

 向館(周辺城郭)

 牛尾館(周辺城郭)

 黒沢館(周辺城郭)

 堀越館(周辺城郭)

 大崎館(周辺城郭)

 泥原館(周辺城郭)

 新町村柵(周辺城郭)

 八森山館(周辺城郭)

 反町山館(周辺城郭)

 小山館(周辺城郭)

 宮古館(周辺城郭)

 大船沢館(周辺城郭)

 館ノ越館(周辺城郭)

 堂山館(周辺城郭)

 早稲谷館(周辺城郭)

 旧坂下町川西公民館脇(駐車場)

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