浜崎城
浜崎城([陣が峯城 周辺城郭])
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浜崎城の口コミ情報
2026年04月25日 日和山
浜崎城
所在地 河沼郡湯川村大字浜崎字北殿町
別名・別称 浜崎館、浜崎御茶屋
分類・構造 平城
築城主 不詳
築城年 不詳
主な改修者① 浜崎主馬
主な改修年① 宝徳3年(1451)
主な改修者② 蒲生主計郷貞
主な改修年② 慶長7年(1602)以降
廃城年 元和元年(1615)
遺構 土塁、空堀
南北朝時代の観応3年(1352)三浦若狭守(蘆名直盛?)率いる軍勢に攻略されたのが初出で、蘆名盛信没後の跡目争いで猪苗代氏に攻略され、白川結城氏の仲裁で浜崎主馬が入り、城を改修したとされています。会津に蒲生氏郷が入ると、対岸の塩川に城主が置かれましたが、再度蒲生氏が領主になった際には、日橋川と大塩川の合流点にあり、水害に悩まされた塩川城に代えて改修されたといわれています。一国一城令で廃城になりますが、御茶屋として遺構は残されました。(以上、「福島県の中世城館跡」)
塩川の町並みから橋を渡るとすぐ城跡です。概ね道路より東が本丸、西が二ノ丸になり、どちらにも大規模な土塁と空堀が見られます。浜崎城には絵図も残されていますが(現地案内板に掲載)、描かれている枡形が真ん中を貫く道路で壊されており、残念な結果になっております。残っていれば一番の見所だったのにね。
昭和30年代まで、日橋川と大塩川の合流点は橋よりずっと下流で、現在完全に河川敷となっているところには古町という町並みがあり、蒲生主計が移ってくる前の塩川城もそこにあったといわれています。塩川と浜崎は河港、渡河点として、両岸セットで交通の要衝だったのでしょう。
写真1 本丸の堀と土塁、右側は日橋川の堤防です
写真2 本丸の堀と絵図にも見える稲荷神社
写真3 二ノ丸の堀の跡
写真4 絵図が掲載された案内板、こういうのありがたいです









