轟城(とどろきじょう)

轟城の基本情報

通称・別名

大西城

所在地

愛媛県四国中央市金田町金川

旧国名

伊予国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

信藤正国

築城年

応永年間(1394〜1428)

主な改修者

大西元武

主な城主

信藤氏、大西氏

廃城年

遺構

曲輪、石垣、土塁、井戸

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

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轟城の口コミ情報

2021年02月25日 スイトピー❁ 伊予守
轟城



轟山の山頂に大西備中守元武の居城となった、伊予轟城は有ります。松山道の高速道路建設により、主郭は消滅しており僅かな遺構が残るのみ。(①の写真)主郭は北山頂にあり、南郭部分が庭園となっているそうです。

ルートは2箇所から行けるようですが、南側から登城。松山道の高架をくぐり国道192号線へ。「土佐街道」と書かれた碑があります。ここから進むと「轟山入口」の石碑があるので城の入り口だと分かります。緩い上り坂を進むと民家もあります。(②の写真)
途中まで進み始めましたが…異変に気付きました。現在、私有地になっており中には入れません。以前は入れたようですが、いつからなのか?定かでは有りませんが、南側と北側の2箇所の案内碑にトラロープが張られ「立入禁止」とされていました。(③④⑤の写真)
このような様を目の当たりにし、少し複雑な心境になりましたが…致し方ないと思い無断で入る事をやめ、残念ですが遠くから思いを馳せました。
(2021.2.23訪問)


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