信田ノ丸城(しだのまるじょう)

信田ノ丸城の基本情報

通称・別名

信田丸城、志多城

所在地

山口県宇部市大字奥万倉字城南

旧国名

長門国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

杉重良

築城年

元亀元年(1570)

主な改修者

主な城主

杉氏

廃城年

遺構

曲輪、石垣、土塁、堀切

指定文化財

市史跡(信田ノ丸城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

荒滝山城(山口県宇部市)[6.4km]
霜降城(山口県宇部市)[11.8km]
一ノ瀬城(山口県下関市)[15.0km]
陶氏館(山口県山口市)[17.4km]
松屋城(山口県下関市)[17.8km]
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山口城(山口県山口市)[22.5km]
古城ヶ岳城(山口県山口市)[22.6km]
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信田ノ丸城の解説文



信田ノ丸城(しだのまるじょう)は、山口県宇部市奥万倉(おくまぐら)城南にあった戦国時代の日本の城(山城)。宇部市指定史跡。

概要 

標高341メートルの山上に位置する。山頂には1908年(明治41年)に建てられた城跡碑がある。大内氏に仕えた武将で豊前松山城主となった杉重良が、1570年(元亀元年)ごろ居城としていたとされ、曲輪や堀切などの遺構が残る。

1994年(平成6年)4月1日に宇部市指定史跡に指定された。

信田ノ丸城の口コミ情報

2022年05月02日 オッチ〜(旧落武者)
信田ノ丸城



城主杉重矩は大寧寺の変後、陶晴賢と中違いして攻め滅ぼされますが、自刃したのがこの近くのお寺だそうです。

主郭は山頂を東西に長く削平し、腰曲輪や土塁、堀切が残っています。
大内後期の縄張りとの事。

山頂まではピンクリボンでわかりやすい15分程度の快適なハイキングコースで、登り切ると小野田、宇部、秋保の海が見えますよ。
しかし、なぜか登山口は草ボーボーで侵入者を防いでいます😄

それより大変なのはアプローチ。
城の東側に川沿いの道がありますが、城の南に看板がありますので見落とさないように。
そこから登山口までは、すれ違い不可能な細い道です。

2012年03月13日 魏武帝長門守ふぐ刺し
信田ノ丸城

高速道路で向かう場合は信田丸城まで山道をひたすら進む事になります又、国道2号からなら県道30号へ城まで車一台分の道幅なので相当の覚悟が必要です(笑)標高241mの天然の要害を生かし本丸と西の丸と二の丸を備えた城で遺構は石垣、空堀等々ありますが木々が邪魔をして景観は良くありません。豊前国に本貫地のあった杉氏族の城です

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