陶氏館(すえしやかた)
陶氏館の基本情報
通称・別名
- 陶の館
所在地
- 山口県山口市陶3907番地(正護寺)
旧国名
- 周防国
分類・構造
- 平城
天守構造
- -
築城主
- 陶(右田)弘賢
築城年
- 南北朝時代
主な改修者
- -
主な城主
- 陶氏
廃城年
- -
遺構
- 土塁
指定文化財
- -
再建造物
- 説明板(正護寺)
周辺の城
-
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陶氏館の口コミ情報
2025年02月11日 尼崎城山城守一口城主
陶氏館
[陶氏館(正護寺)お墓参り編]
なぜ正面から撮った写真がないのか後悔していますが正護寺ゆかりのお墓(写真①)の説明板がありました。
写真②の一番右のお墓が陶晴賢公の宝篋印塔(分骨堂)でした。
歴代住職や陶氏二代目弘政公のお墓もずらりと並んでいました(写真③)
次に維新の志士の富永有隣のお墓(写真④)もお参り。説明板(写真⑤)の中央部を読むと戊辰の役では「長州の富永有隣東海道を上る」と幕府軍に恐れられた人物とのことでした。
2025年02月11日 尼崎城山城守一口城主
陶氏館
お正月の山口帰省時に登城。本アプリを始めてから最寄駅の新山口駅(旧小郡駅)から最も近いお城で気になっていたので甥っ子の自転車を借りて出陣🚲目印にしたのが陶中央公園(トイレ🚻あり)でそこから城郭マークに向けて緩やかながらも長い坂道を進みました。途中、北川代官墓所の説明板(写真①)があったので北川清助の墓所(写真②)にお参り。北川清助のお墓がある墓地から陶氏館跡が間近に見えていました(写真③)
城跡ポイントに辿り着いたところ、正護寺が陶氏館跡でした(説明板:写真④⑤)写真⑤の説明板後半に記載されていた小郡代官所の正門を移設したという本堂正面の門(写真⑥)を眺めてみました。本堂(写真⑦)及び本堂前の説明板(写真⑧)も撮影。説明板の終盤に脱退騒動の時の銃弾の跡が本堂の柱に残っているとのことでした(口コミを書く時に銃弾の跡の記載に気付きました💦)当日陶氏館跡(正護寺)を訪れた際にはお寺の方がいらっしゃったので銃弾跡の柱の件を尋ねてみれば良かったと思いましたが後の祭りでした😢