神楽尾城(かぐらおじょう)
神楽尾城の基本情報
通称・別名
- 平家城
所在地
- 岡山県津山市総社、上田邑、一宮他
旧国名
- 美作国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 宇都宮教貞
築城年
- 正平年間(1346〜1370)以前
主な改修者
- -
主な城主
- 宇都宮氏、山名氏、尼子氏、大蔵氏、千場氏
廃城年
- 天正7年(1579)頃
遺構
- 曲輪、腰曲輪、帯曲輪、土塁、堀切、竪堀、畝状竪堀、虎口、土橋、馬場、武者溜り
指定文化財
- 市史跡(神楽尾城跡)
再建造物
- 碑、説明板
周辺の城
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神楽尾城の解説文
神楽尾城の口コミ情報
2021年11月09日 播磨守こうちゃん播磨の守
神楽尾城
神楽尾公園を目指して行きましょう💨現地、駐車場・自販機・🚾有り。自販機・🚾は駐車場の所です☝️
駐車場から本丸跡迄、20分前後でしょう!本丸跡の360度見渡せる景色、最高です😳
2021年05月03日 ドクターイエロー
神楽尾城
麓にある神楽尾公園の駐車場を利用します。トイレもあります。案内看板によると公園からはふたつのルートがあります。今回は二の丸経由の小山コースで登り、帰りは三の丸経由の総社東ルートを選択しました。道は綺麗に整備されており、随所に案内看板が設置されていて初心者でも解かりやすく巡れます。
駐車場から登り始めます。一旦は舗装路に出ますが再び案内看板のある場所から山道になります。やがて土橋道の看板を過ぎると二の丸の堀切に出ます。南側の曲輪には立派な土塁があり櫓台もあります。先に進むと土橋を通り泥田堀沿いを進むと急に開けた馬場に出ます。ここには説明板が設置されていて武者溜や井戸もあり眼の前に本丸の切岸がそびえます。登って行くと坂折れ虎口を通過し間もなく頂上の本丸です。ここまで約30分の行程です。
360度、見晴らしは抜群です。眼下に津山城の石垣もはっきり見えます。東屋もあってお弁当持参での城攻めも可能です。すぐ下に続く腰曲輪もよく解かります。気分最高!
帰りは馬場から南に進み三の丸を目指します。長い馬場を過ぎると横堀を伴なった切岸が見えてきます。ここには竪堀も確認できました。あとは道なりに下りると神楽尾公園の西に戻ってきます。
神楽尾公園内にはゴーカートがあります(運転日限定、ご注意!)。屋外の子ども向けのものって、今では結構レアな存在なのではないでしょうか?2周100円はコスパ最高!R3.5.3訪城
2017年07月16日 大隅守上
神楽尾城
神楽尾キャンプ場の駐車場に車を置きます
神楽尾城へは小原ルートで行くのが距離的には短いです。
帰りは総祉東ルートで帰りましたが
こっちのルートは距離的には長いです。
登城道は整備されて歩きやすいです。
2010年10月31日 徳川内大臣源朝臣康武
神楽尾城
平成22年10月30日、国民文化祭岡山大会、中世山城の祭典&全国山城サミット津山大会
神楽尾城の現地見学会は、非常に盛り上がっておりました
イベントもさることながら、保存会の皆さんの素晴らしい保存、整備、活用への取り組みに、頭が下がります
立地
津山盆地の内、小原・総社方面と上田邑方面とを画する標高308mの神楽尾山山上に築かれた山城。城史
築城年代は不明であるが、美作国府に近く、国府との関係を指摘する意見がある。また、江戸時代の地誌である「作陽誌」によると、承平7年(937)頃に同一山塊に宇都宮教貞が築城したとの記載がある。さらに、「作陽誌」には建武3年(1336)頃の城主名があらわれることから、南北朝時代には既に城として存在していたことがうかがえる。室町時代後期に至り、天文年間(1532~55)以降、山名氏、尼子氏、次いで毛利氏の勢力下に入ったが、天正7年(1579)に城在していた千場土佐(三郎右衛門)らが、敵対関係にあった荒神山城主で宇喜多氏の部将であった花房職秀に敗れてのち廃城となったとされる。
縄張
山頂の本丸を中心に、南西側に武者溜・馬場、堀切を挟んで三の丸、南東側に独立した別郭の二の丸から構成される。主郭は1辺約40mのほぼ方形の区画で、地形に沿って腰曲輪が配される。本丸と三の丸をつなぐ武者溜・馬場は城内で最も広い空間であり、東側と南側正面に平入り虎口が設定されている。東側虎口は二の丸へ、南側正面は城道に通じる。三の丸は城道を制する役割を果たし、南側斜面に帯曲輪と畝状空堀群による遮断線が設定されている。
二の丸は、堀切を挟んで北側の主郭部と南側の土塁を配した郭群に分かれる。二の丸だけで縄張りが完結しており、本丸や三の丸との連携はほとんど見られない。