笠岡城(かさおかじょう)

笠岡城の基本情報

通称・別名

笠岡山城、高松の城山

所在地

岡山県笠岡市笠岡(古城山公園)

旧国名

備中国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

村上隆重

築城年

弘治年間(1555〜1558)

主な改修者

主な城主

村上氏、毛利元康、小堀新助、池田長幸

廃城年

元和5年(1619)

遺構

消滅

指定文化財

市重要文化財(古城山稲富稲荷神社の本殿及び拝殿)

再建造物

説明板(古城山公園)

周辺の城

青佐山城(岡山県笠岡市)[6.9km]
鴨山城(岡山県浅口市)[8.4km]
高越山城(岡山県井原市)[11.7km]
神辺城(広島県福山市)[11.9km]
福山城(広島県福山市)[13.4km]

笠岡城の解説文

笠岡城(かさおかじょう)とは、現在の岡山県笠岡市に存在した山城である。

来歴
弘治年間(1555年 - 1558年)に村上隆重が瀬戸内における能島村上家(宗家)の要害として築いた。その後、村上景広、毛利元康が城主となり、関ヶ原の戦い以後は徳川家康の所領となって小堀正次が代官として置かれた。元和2年(1616年)には池田長幸が城主となったが、元和5年(1619年)備中松山藩への転封に伴い廃城となった。

遺構
城山の周囲は海で囲まれていたため、明治40年(1907年)には城山山頂部を切り崩し埋め立てに使用し、笠岡城の遺構は消滅。その後、昭和31年(1956年)に笠岡古城山公園として整備され、市民や観光客に親しまれている。

公園内には230本の桜があり、毎年花見の季節には多くの花見客で賑わう。

川柳公園
城山の東側斜面には、市民や市外からの川柳ファンから寄せられた川柳(選考作品)が石碑として数多く設置されている。

城山の南斜面
2013年10月に襲来した台風の影響により、古城山南側の一部(高さ約60m)が崩落した。真下には笠岡市役所環境課の建物があり、車庫など現在も一部が崩れた土砂に埋まってしまっている。

笠岡城の口コミ情報

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