明禅寺城(みょうぜんじじょう)

明禅寺城の基本情報

通称・別名

所在地

岡山県岡山市中区沢田

旧国名

備前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

宇喜多直家

築城年

永禄9年(1566)

主な改修者

主な城主

宇喜多氏

廃城年

遺構

曲輪、石垣

指定文化財

再建造物

説明板

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明禅寺城の口コミ情報

石工【関ヶ原鑑賞】様[2016年10月10日]
明禅寺城は、東に約8km離れた地に所在していた亀山城(岡山市東区沼)を居城にして、戦国大名への成長期にあった宇喜多直家が、永禄9(1566)年に岡山平野と西隣りの備中国への備えに築いた前衛基地の出城です。
翌年の永禄10(1567)年、備前国への侵攻を図った備中国の三村勢に占領されましたが、宇喜多直家は奪還を果たすと共に三村軍を迎え撃って完勝し、その大勝振りが明禅寺崩れと呼ばれました。
城構えは、操山山頂から北に延びた尾根の頂部に一段の腰曲輪を伴う中心郭(本丸)を構え、尾根筋に沿って北側に二段の腰曲輪と、西側に三段の腰曲輪を伴う準中心部(二の丸)を配置した小型の連郭式縄張りの山城となっています
城郭の構築は、各郭とも土壇築成で、現状では郭の段どりと背後を遮断する堀切が遺構として確認できる程度で、上部の建築物は柵や掘立柱建物を主体とした臨戦用城砦の構造であったと考えられます、簡単なマップは操山里山センターでもらえます。

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