平須賀城(へいすがじょう)
平須賀城の基本情報
通称・別名
- 平須山城、平主山城、平柄城、平祝城
所在地
- 和歌山県日高郡みなべ町西本庄
旧国名
- 紀伊国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 野辺忠房
築城年
- 室町時代
主な改修者
- -
主な城主
- 野辺氏
廃城年
- -
遺構
- 曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)、堅堀
指定文化財
- -
再建造物
- -
周辺の城
-
峰山城(和歌山県田辺市)[6.8km]
赤松城(和歌山県日高郡)[8.3km]
田辺城(和歌山県田辺市)[10.3km]
衣笠城(和歌山県田辺市)[11.6km]
手取城(和歌山県日高郡)[13.4km]
田尻城(和歌山県日高郡)[13.5km]
龍松山城(和歌山県西牟婁郡)[16.7km]
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入山城(和歌山県日高郡)[20.1km]
平須賀城の口コミ情報
2026年04月07日 ᴿᴱᴰ副将軍
平須賀城
政長流畠山氏に属した野辺氏の居城🏯
オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎
築城年代は不詳。室町時代に野辺忠房により築かれたと云われます。
野辺氏は清和源氏の系譜とされ、源経基の子で下野守満快の後裔である伊那中太郎公家の子の快次を租と云われます。
室町幕府管領、河内・紀伊・越中・山城守護であった畠山政長に従い紀伊に入国したとされ、高田土居城を居館としていましたが、野辺忠房の頃に平須賀城を築いたとされます。
畠山政長と畠山義就の家督争いの際には、政長流畠山氏の拠点として利用された様です。
野辺忠房、光快、光房と続きましたが、1562年に畠山氏と三好氏との争いの際に野辺光房は湯浅氏に従って河内国に出陣しましたが討死。
野辺光房の子である野辺春弘が継承しましたが、要害城を築いて居城を移ったため平須賀城は廃城となったとされます。
見所
南部川とその支流の玉川に北を除く三方が流れる標高206mの平須山に築かれています。
山頂に天守台と呼ばれる高台の主郭を置き、北に階段状に段郭が連なり、西下には馬場とされる帯郭が付帯。
西尾根は二重堀切で遮断され、北東尾根も四条の堀切で遮断。
西尾根と北東尾根の間の北斜面には連続竪堀があります。
全体的にヤブ化しており、厄介なのはイバラです。西尾根の堀切、竪堀は比較的にヤブが少なく一番の見所でした。
東側麓に案内板があり、駐車スペースもあります。登城口までは迷わず行けますが、途中からヤブ化しており分岐で迷いました。
急坂で比高は約180mあります。
2026年03月31日 鈴木剛
出曲輪[平須賀城 遺構・復元物]
登城口から登ればたどり着きます。ここまで平坦なところは有りません、ずっと登り坂です。
2026年03月31日 鈴木剛
高田城[平須賀城 周辺城郭]
文亀・永正年間の頃に、野辺四郎の子忠秀が津戸野館を廃し、丘陵上に築いた城
2019年04月30日 大隅守上
駐車場[平須賀城 駐車場]
この付近の広いところに停めて歩いた方が良いです。
2019年04月30日 大隅守上
模型[平須賀城 関連施設]
平須賀城跡に行く前にこの道の駅に寄ってみて。色々と情報があります。









