山田城(やまだじょう)

山田城の基本情報

通称・別名

所在地

滋賀県草津市南山田町

旧国名

近江国

分類・構造

円郭式平城

天守構造

築城主

山田秀資

築城年

不明

主な改修者

主な城主

山田氏、織田信孝

廃城年

遺構

横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

芦浦観音寺館(滋賀県草津市)[4.5km]
膳所城(滋賀県大津市)[4.6km]
青地城(滋賀県草津市)[4.9km]
金ケ森城(滋賀県守山市)[5.6km]
坂本城(滋賀県大津市)[6.2km]

山田城の解説文

山田城(やまだじょう)は滋賀県草津市南山田町にあった城である。

遺構
琵琶湖の南湖(琵琶湖大橋以南)の南東に位置し、城跡には現在草津市立スポーツ施設武道館が建っている。

同地に遺構は残っていないが、平成12年(2000)の武道館建設に伴う発掘調査により堀跡などが発掘されている(その後埋め戻しされている)。

発掘された堀は2条で内側の堀が13世紀に、外側が14~15世紀に構築されたと見られており、いずれも正円に近い円形に巡っている(『現板』)ことが大きな特徴である。規模は違えど静岡県藤枝市の田中城と同様の同心円形の縄張りは全国的にも珍しい。

現在は武道館前に発掘の成果などが記された説明板が設置されている。

歴史
鎌倉時代に山田氏によって築かれたとされる。山田氏は鎌倉~室町時代にかけて琵琶湖の港である山田港を支配し、戦国時代には六角氏に従っていたのであろう。

『大系』によると、永禄11年(1568)山田秀資が城主であった際に織田信長の侵攻によって山田氏は滅ぼされ、信長が比叡山を攻撃した際には山田城に入ったという。

また、信長の三男である信孝が一時居城としていたともいわれるが詳細は不明である。

交通
JR西日本東海道本線草津駅から車で約15分

参考文献
『現板』:山田城跡現地説明板。
『大系』:『日本城郭大系 第13巻』新人物往来社、1980年。

山田城の口コミ情報

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