普門寺城(ふもんじじょう)

普門寺城の基本情報

通称・別名

所在地

大阪府高槻市富田町4-10

旧国名

摂津国

分類・構造

城郭寺院

天守構造

なし

築城主

説巌

築城年

明徳元年(1390)

主な改修者

主な城主

細川氏、足利氏

廃城年

遺構

土塁

指定文化財

再建造物

周辺の城

茨木城(大阪府茨木市)[2.2km]
目垣城(大阪府茨木市)[2.7km]
芥川城(大阪府高槻市)[2.9km]
高槻城(大阪府高槻市)[3.0km]
安威城(大阪府茨木市)[3.3km]
郡山城(大阪府茨木市)[3.7km]
枚方城(大阪府枚方市)[5.3km]
三宅城(大阪府茨木市)[5.3km]
黒丸城(大阪府摂津市)[5.6km]
芥川山城(大阪府高槻市)[5.6km]

普門寺城の解説文



普門寺(ふもんじ)は、大阪府高槻市富田町にある臨済宗妙心寺派の寺院。山号は慈雲山。本尊は釈迦如来と十一面千手観音菩薩。

歴史 

明徳元年(1390年)に説巌の開山により臨済宗建長寺派の寺として創建されたと伝えられるが、その後一旦荒廃していたようである。

永禄4年(1561年)に三好長慶がかつての主である細川晴元を幽閉し、監視できるように普門寺の復興と合わせて周囲に堀や土塁を構えた城郭として築城しなおし、普門寺城と呼ばれた。永禄6年(1563年)3月に晴元が当寺で亡くなった後、永禄9年(1566年)には三好三人衆に擁立された足利義栄が入り、ここで将軍宣下を行い室町幕府の征夷大将軍に就任している。

慶長9年(1604年)に臨済宗妙心寺派に移り、龍安寺の末寺となっている。元和3年(1617年)に師の後を継いだ龍渓性潜が入山して第9代住持となり、その後40年かけて方丈や諸堂を造営し、巨刹として隆盛を誇ったと伝えられる。

明暦元年(1655年)には龍渓が明の高僧・隠元隆琦をこの寺に招いている。隠元は黄檗宗総本山である萬福寺を開くまでの約7年半、当寺の住持を務めている。隠元は萬福寺の住持を3年間務めた後隠棲しており、日本で住持として一番長く過ごしたのがここ普門寺であった。隠元が普門寺の住持となったことにより、普門寺はこの時に黄檗宗へと改宗しており、妙心寺と揉めることとなる。普門寺滞在中は寺外に出ることを禁じられ、また寺内の会衆も200人以内に制限されていたものの、後水尾上皇を始め各地から僧が集まり、仏殿、鐘堂、石庭などが整備され大いに栄えたという。

隠元が萬福寺へと去った後は、黄檗宗への改宗を巡って妙心寺内での対立もあり、寛文元年(1661年)頃には龍渓も自らが入山して再興した慶瑞寺へと移り、普門寺は再び臨済宗妙心寺派に復帰して龍安寺の輪番所となり、専任住持が置かれることはなかった。最盛時には3万㎡の広さに及び、当寺の鎮守社・三輪神社や本照寺も境内にあったが、明治の廃仏毀釈で寺地や諸堂を失い、昭和初期まで専任住職も置かれずに荒廃してしまった。

しかし、その後再興され、1977年(昭和52年)には方丈が重要文化財に、1981年(昭和56年)には庭園が国の名勝の指定を受けている。また境内には、戒名「龍昇院殿前右京兆心月清公大居士」と刻まれた細川晴元の墓といわれている宝篋印塔が建っている。

境内 

  • 方丈(重要文化財) - 本堂。永禄年間(1558年 - 1570年)建立。元和7年(1621年)に現在地に移築された。1982年(昭和57年)には2年をかけて解体修理をし、瓦葺から杮葺に戻すなど創建当時の姿に復元している。25年に1度程度、屋根の杮葺の葺き替えを実施することにしており、2008年(平成20年)に復元後初めての葺き替えが行われた。山水・竹雀図の襖絵は狩野安信が正保2年(1645年)頃に製作したもの。欠損部の「淀川右岸天王山鵜殿前島菖景」は直原玉青筆である。
  • 庭園「観音補陀落山の庭」(国指定名勝) - 阿武山を借景とした池泉式の枯山水庭園で、京都の妙蓮寺の僧であった玉淵坊の作とされる。京都の桂離宮の庭園にある「天の橋立」と同時期に作成されたとされており、そのような石組みが組み込まれている。枯山水としては変わった様式になっている。地形は多少の起伏があり、低い所を水面、やや小高い所を岸または島に見立て、要所に石を組み石橋を架したまとまりのよい枯山水庭であり、玉淵坊の作風を知る上で貴重である。
  • 細川晴元の墓
  • 普門寺城跡の土塁
  • 庫裏
  • 毘沙門堂(旧行者堂)
  • 阿弥陀堂
  • 山門

普門寺城 

築城の時期は不明な点が多いが、永禄4年(1561年)に三好長慶がかつての主である細川晴元を幽閉し、監視できるように芥川山城の支城として築城したのではないかとされている。

規模に関しても現在の規模とは異なり、周辺の三輪神社、本照寺、高槻市立富田小学校も城郭の一部だったようで、最盛期には約3万㎡もあった。「富田寺内絵図」によると、北、西、南側に門が見受けられ、普門寺城の周りには水堀を巡らし、南西側には「筒井池」という池があり、この池も堀の一部であったようである。しかし、三輪神社が独立したり太平洋戦争後の農地解放等によって規模が六分の一にまで縮小した。また昭和中後期頃までには大規模な堀や土塁が残っていたようであるが、現在は境内の北側に土塁がわずかに残っている程度である。

文化財 

重要文化財

  • 方丈(本堂)附:棟札(1枚) - 1977年(昭和52年)に重要文化財に指定される。

国指定名勝

  • 普門寺庭園 - 1981年(昭和56年)に国の名勝に指定されているが、2000年(平成12年)に、方丈や山門、毘沙門堂(旧行者堂)、隠元禅師作と伝えられる黄檗式石畳、普門寺城の遺構とみられる土塁等も庭園の景観に係わるものとして境内の大半が追加指定された。

施設情報 

交通アクセス

  • 電車でのアクセス
    • JR京都線(東海道本線)「摂津富田駅」または阪急京都本線「富田駅」→徒歩約15分
  • 車でのアクセス
    • 名神高速道路茨木IC→国道171号→大阪府道127号
    • 参拝者用の無料駐車場有

拝観

  • 拝観時間:午後1時30分 - 午後4時

周辺 

  • 本照寺 - 富田御坊。浄土真宗本願寺派別格別院。
  • 教行寺
  • 筒井池公園
  • 三輪神社 - かつては普門寺の鎮守社であった。

参考文献 

  • 『日本城郭大系』第12巻 大阪・兵庫、新人物往来社、1981年3月、70頁。

普門寺城の口コミ情報

2022年06月04日 尼崎城大膳大夫一口城主
普門寺城



5月29日、目垣城下城後に登城🚲グーグルマップを見ながら進軍していくと普門寺城というお寺に辿り着きました。山門が閉まっていたので下城し茨木城を目指しました。茨木城に向かう道中、安威川を渡る阪急電車に遭遇したので思わず撮り鉄しました。

2020年10月05日 治部卿まる殿
普門寺城

室町幕府第14代将軍足利義栄が将軍宣下した城とのこと。

2017年12月03日 ℵ新居泰之進ℵ
普門寺城

《part1》
【難易度】
易しい
事前に予約の電話をいれないと拝観できないので要注意。
私の場合は当日予約で拝観できた。

【駐車場】
無し。
ただし、山門前の道路が広くなっており、道路駐車させて頂いた。
GoogleMapの案内では、133号線から普門寺に向かって東側へと直進となるが、団地となっており、普門寺の山門にはいけない。
山門は南側にあるため、南側の道路から入ると良い。

【遺構・見所】
歴史的には、以下のような事象がこの普門寺城であった。
①室町幕府14代将軍・足利義栄が将軍宣下をここで受ける。②管領・細川晴元が三好長慶によってこの寺で幽閉されていた。③黄檗宗の開祖・隠元隆琦がこの寺で住持を務めた。

城郭化された寺の名残として唯一確認できるのは、境内北西隅にあるL字状の土塁である。
ただし、境内北西には墓や庭があり、その背後に土塁があるため、お寺の方から了承を得て土塁に登るのが良いだろう。
土塁は、寺の外からでも確認することが可能だが、フェンスがあり土塁が木で覆われているため、外からでは確認しづらい。
★見所①:北西隅のL字状土塁

2017年12月03日 ℵ新居泰之進ℵ
普門寺城

《part2》
その他にも以下のような見所もあるので、是非、事前予約して拝観してみよう。
★見所②:細川晴元宝篋印塔
細川晴元宝篋印塔の背後に並べられている石仏は、今は無い普門寺城の堀から発見された物だという。

★見所③:方丈-国の重要文化財指定-
杮葺きの美しい建造物。江戸前期
他にも山門や毘沙門堂も江戸時代の建造物である。

★見所④:庭園&隠元作石畳-国指定の名勝-

【雑談】
お寺を案内して頂いたのは、80歳過ぎの女性の方だったが、かなり親切な方だった。
丁寧な説明にお菓子とお茶も頂いた。
この方、廃寺同然だった普門寺を住職とともに雑木を切り開き、整備し復興されたそうだ。
周辺が住宅街化する中で周辺から圧力を受けつつ、普門寺を現在まで守り続けてきたそうだ。
こういう方がいらっしゃることに感謝したい。

普門寺城の周辺スポット情報

 松永屋敷(周辺城郭)

 普門寺(寺社・史跡)

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