普門寺城(ふもんじじょう)

普門寺城の基本情報

通称・別名

所在地

大阪府高槻市富田町4-10

旧国名

摂津国

分類・構造

城郭寺院

天守構造

なし

築城主

説巌

築城年

明徳元年(1390)

主な改修者

主な城主

細川氏、足利氏

廃城年

遺構

土塁

指定文化財

再建造物

周辺の城

茨木城(大阪府茨木市)[2.2km]
目垣城(大阪府茨木市)[2.7km]
芥川城(大阪府高槻市)[2.9km]
高槻城(大阪府高槻市)[3.0km]
安威城(大阪府茨木市)[3.3km]

普門寺城の解説文

普門寺城(ふもんじじょう)の築城の時期は不明な点が多いが、一旦荒廃していた寺を細川晴元が幽閉された前後に、芥川山城の支城として築城されたのではないかと言われている。規模に関しても現在の規模とは異なり、周辺の三輪神社、本照寺、高槻市立富田小学校も城郭の一部だったようで最盛期には約3万平方メートルもあった。「富田寺内絵図」によると、北、西、南側に門が見受けられ、普門寺城の周りには水堀を巡らし、南西側には「筒井池」という池がありこの池も堀の一部であったようである。しかし、三輪神社が独立したり、戦後の農地解放等によって規模が六分の一にまで縮小した。また昭和中後期頃までには大規模な堀や土塁が残っていたようであるが、現在は境内の北側に土塁跡がわずかに残っている程度である。

交通
電車
 JR京都線摂津富田駅、阪急電鉄京都本線富田駅→徒歩約15分

 名神高速道路茨木IC→国道171号→大阪府道127号
 参拝者用の無料駐車場有

参考文献
『日本城郭大系』第12巻 大阪・兵庫、新人物往来社、1981年3月、70頁。

普門寺城の口コミ情報

ℵ新居泰之進ℵ様[2017年12月03日]
《part1》
【難易度】
易しい
事前に予約の電話をいれないと拝観できないので要注意。
私の場合は当日予約で拝観できた。

【駐車場】
無し。
ただし、山門前の道路が広くなっており、道路駐車させて頂いた。
GoogleMapの案内では、133号線から普門寺に向かって東側へと直進となるが、団地となっており、普門寺の山門にはいけない。
山門は南側にあるため、南側の道路から入ると良い。

【遺構・見所】
歴史的には、以下のような事象がこの普門寺城であった。
①室町幕府14代将軍・足利義栄が将軍宣下をここで受ける。②管領・細川晴元が三好長慶によってこの寺で幽閉されていた。③黄檗宗の開祖・隠元隆琦がこの寺で住持を務めた。

城郭化された寺の名残として唯一確認できるのは、境内北西隅にあるL字状の土塁である。
ただし、境内北西には墓や庭があり、その背後に土塁があるため、お寺の方から了承を得て土塁に登るのが良いだろう。
土塁は、寺の外からでも確認することが可能だが、フェンスがあり土塁が木で覆われているため、外からでは確認しづらい。
★見所①:北西隅のL字状土塁

ℵ新居泰之進ℵ様[2017年12月03日]
《part2》
その他にも以下のような見所もあるので、是非、事前予約して拝観してみよう。
★見所②:細川晴元宝篋印塔
細川晴元宝篋印塔の背後に並べられている石仏は、今は無い普門寺城の堀から発見された物だという。

★見所③:方丈-国の重要文化財指定-
杮葺きの美しい建造物。江戸前期
他にも山門や毘沙門堂も江戸時代の建造物である。

★見所④:庭園&隠元作石畳-国指定の名勝-

【雑談】
お寺を案内して頂いたのは、80歳過ぎの女性の方だったが、かなり親切な方だった。
丁寧な説明にお菓子とお茶も頂いた。
この方、廃寺同然だった普門寺を住職とともに雑木を切り開き、整備し復興されたそうだ。
周辺が住宅街化する中で周辺から圧力を受けつつ、普門寺を現在まで守り続けてきたそうだ。
こういう方がいらっしゃることに感謝したい。

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