岡山砦(おかやまとりで)
岡山砦の基本情報
通称・別名
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所在地
- 大阪府大阪市生野区勝山北4(御勝山古墳)
旧国名
- 摂津国
分類・構造
- 平山城(古墳利用)
天守構造
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築城主
- 徳川秀忠
築城年
- 慶長19年(1614)
主な改修者
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主な城主
- 徳川秀忠
廃城年
- -
遺構
- 消滅
指定文化財
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再建造物
- 石碑(岡山又御勝山)、説明板(御勝山)
周辺の城
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天王寺城(大阪府大阪市)[2.2km]
真田丸出城(大阪府大阪市)[2.2km]
茶臼山陣城(大阪府大阪市)[2.3km]
正覚寺城(大阪府大阪市)[3.3km]
古河藩陣屋(大阪府大阪市)[3.5km]
三津寺砦(大阪府大阪市)[3.7km]
大坂城(大阪府大阪市)[3.8km]
木津城(大阪府大阪市)[3.8km]
大坂西町奉行所(大阪府大阪市)[4.1km]
大坂東町奉行所(大阪府大阪市)[4.1km]
岡山砦の解説文
岡山砦の口コミ情報
2022年09月09日 天道式部卿早雲
舎利尊勝寺(舎利寺の戦い)[岡山砦 寺社・史跡]
1547年、細川晴元と細川氏綱の軍が激突した舎利寺の戦い。
応仁の乱以来の畿内最大の合戦と言われる戦いが、この周辺で勃発。
戦死者は二千人前後ではないかと考えられいる。
この戦いで、晴元方の三好長慶が兄弟とともに大活躍し、以降長慶が大躍進するきっかけともなる。
2022年08月04日 尼崎城駿河守一口城主
岡山砦
6月30日、真田丸出城からママチャリで進軍🚲Gマップを確認しながら進んで行くと生野区役所近くの御勝山古墳(御勝山公園)に辿り着きました。公園内に説明板があり両面に説明書がありました。(北向:古墳時代の大阪と御勝山古墳/南向:御勝山古墳)南向の説明書きに「大阪の陣で徳川方の本陣が置かれたため著しく墳形が破壊され今は後円部が残っているだけである。」の記載がありました。以前、大阪の陣を題材にした小説を読んでいた時、小説名は覚えていないのですが家康公が御勝山という名前は<勝ち>という字があり縁起が良いみたいなことを言った記述があったことを思い出し歴史的場所に立っているんだなと感慨深かったです。
御勝山古墳内には残念ながら入れないようになっていたので歩道橋を渡り南側の御勝山南公園から古墳を撮ってみました📷南公園内には<大阪管区気象台跡>の石碑がありました☀️🌥☔️岡山砦を散策後、平野区の古河藩陣屋を目指しました。
2017年01月14日 橘若狭守次郎吉
岡山砦
岡山砦跡の御勝山古墳へはJR環状線「桃谷」駅より徒歩15分程。最寄りのバス停は大阪市営交通バス「生野区役所前」。
御勝山古墳は前方後円墳であったが、現在、前方と後円が道路で分断されていて、遺構は残っていません。前方は公園化されていて殆ど跡形がありませんが、後円は綺麗に残っています。後円側に古墳の説明板があります。
2016年11月22日 康希路右近衛中将巳兎神
岡山砦
茶臼山と御勝山、もうちょっと、名所っぽく頑張って欲しいよね〜。田舎地域では考えられないよね。
2010年07月25日 石田治部少輔三成@雲龍
岡山砦
猛暑なので避暑を兼ねて次々に地下鉄城攻め(笑)冷房つきで座したまま攻め落とすとは…真田の抜け穴?(笑)水分補給も怠りなきよう(^o^)
岡山砦の周辺スポット情報
御勝山古墳(寺社・史跡)
舎利尊勝寺(舎利寺の戦い)(寺社・史跡)
生野神社(寺社・史跡)
御殿山公園(関連施設)
御殿山南公園(関連施設)
もともと、古代からの前方後円墳(御勝山古墳)があり、それを利用して徳川秀忠が陣を置いた。それまで当地は「岡山」と呼ばれていたが、大坂の陣の勝利により「御勝山」と呼ばれるようになった。
現在、跡地は御勝山公園となっているが、道路によって南北に分断されていることもあり、砦の遺構を確認する事は出来ない。