茶臼山陣城(ちゃうすやまじんじろ)

茶臼山陣城の基本情報

通称・別名

茶臼山砦、大塚城

所在地

大阪府大阪市天王寺区茶臼山町

旧国名

摂津国

分類・構造

平山城(古墳利用)

天守構造

築城主

山中又三郎

築城年

天文15年(1546)

主な改修者

徳川家康

主な城主

徳川氏、真田信繁

廃城年

元和元年(1615)

遺構

曲輪、堀

指定文化財

府史跡(茶臼山古墳および河底池)

再建造物

説明板

周辺の城

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茶臼山陣城の解説文

大塚城(おおつかじょう)は大阪市天王寺区茶臼山町にあった城で、現在は天王寺公園内にある。大坂冬の陣では徳川家康の陣城として、また大坂夏の陣では真田信繁(幸村)の陣城として使用された。別名茶臼山砦や茶臼山陣城とも言われている。

概要
大塚城は茶臼山古墳を利用した戦国時代の城郭の一つと思われ、『日本城郭大系』にもそのような記載が見受けられる。またこの茶臼山は『日本書紀』には「廃陵」すなわち古墳と記載されていることから、ながらく古墳が比定されていた。しかし、近年の発掘調査の結果、人工的な盛土であることは間違いないと思われているが、古墳跡である可能性は低くなっている。また城郭としての盛土の場合、登頂部と中段には平坦地はうかがえるが、城郭にある土塁、堀、切岸はみられない。古墳とも中世の城郭跡とも明確な結論がつけにくい構造となっている。またこの時の発掘調査では、中世の四天王寺と同笵瓦が出土しており、寺院に伴う遺構が先行していた事が明確になっている。また墳丘の中段からは、瓦敷、掘立柱建物、礎石建物、かまど等が出土し、金箔を有する漆器の遺物も発見されたが、調査範囲は限定され、出土位置、層位からみて、これら遺構、遺物が全て大塚城と関係するかは検討の余地が残るとされている。

沿革
大塚城は1546年に細川晴元の家臣山中又三郎が茶臼山古墳の後円部に城を築いたと言われているが、舎利寺の戦いで細川氏綱、遊佐長教連合軍に攻め込まれ落城してしまった。

その後1614年の大坂冬の陣では徳川家康がここに本陣を構えた。「中井家大工支配の研究」の『寛永十二年亥年五畿内江州大工杣御赦免被為成候時御訴訟申上候覚』によると、大坂城下にあった船場の蔵や家々を壊し資材として「御やくら」を築いたと記載している。この時すでに大塚城は廃城になっていたかは定かではないが、徳川家康の陣城として大きく改修された可能性がある。また『武徳編年集成』には、大塚城の山頂部に徳川家康の寝所があって、南北に12畳に3間に1間の庇(ひさし)を有し、5尺の椽をつけていた。西麓には茶屋南麓には納戸、東向きには浴室があり、番士の多くは北方向の一心寺に駐屯していたと記されている。

また翌1615年の大坂夏の陣の決戦の際には、豊臣軍の真田信繁がここに着陣した。茶臼山砦や茶臼山陣城としても有名である。

城郭
この城は『諸国古城絵図』にも記載がある。これによると、山頂部は8間四方の曲輪があり、西側にも更に広い曲輪がある。またこの曲輪西側や堀を隔てた位置に丸馬出状の曲輪が記されている。この丸馬出状の曲輪は、現状でもその形態を平坦地に見られる。但し、この部分は台地端部にあたるため、少なくても西端部分は自然地形を踏襲すべきではないかと『図説近畿中世城郭事典』では解説している。また、この城は『大坂冬の陣図屏風』にも記載されている。これによると、墳丘周囲を土塁で囲み、上部には入母屋の主屋以下、4棟の建物が描かれている。更に北側には虎口があり、冠木門が描かれている。更に墳丘の裾にも建物が数棟あり、北側の平地部にも堀と冠木門があり、『図説近畿中世城郭事典』によると『諸国古城絵図』よりも選地面から防御を考えれば、台地続きに堀を設ける構造の『大坂冬の陣図屏風』の方が現実的であるとしている。

交通
電車でのアクセス
 JR西日本 大阪環状線
 大阪市営地下鉄 御堂筋線 谷町線
 * 天王寺駅 → 徒歩約10分
車でのアクセス...

茶臼山陣城の口コミ情報

シバヤン大和守22日可児入様[2017年05月28日]
JR天王寺から谷町筋を北に歩き、ハンバーグレストランびっくりドンキー天王寺店を目印にして通り過ぎて北へ進みます。
郵便局も過ぎてうどんの前田を左に入ります。(ここのカレーうどんはイケます)
すぐに真田幸村の幟のある一心寺シアターがあります。
ここで大阪の陣の歴史ビデオ無料で見れます。他に大阪の陣の観光マップ等パンフレット多数あります。安居神社を見て一心寺を拝観してから茶臼山陣城を散策。
小さな丘陵地としか見えなくて少し残念。
大きな囲むような堀池を渡ると美術館や統国があり今や憩いの場。
戦国の硝煙の臭いを嗅ぎたくてあちこち廻り慶沢園に、旧黒田藩蔵屋敷長屋門の辺りは美しい庭園と合わさり一息つけます。

この後、お時間あれば一度阪堺電車に乗って北畠駅へ。降りてあべの筋に戻り北畠公園前にある北畠顕家の墓を訪れてみて下さい。
南朝の貴公子、北畠顕家の眠る非常に手入れされた墓碑がここにあります。
戦国と南北朝時代二つの時代の伝説の英雄の息吹、霊気漂う空気を感じたらもとはとれるかと思います。

若狭守次郎吉1022可児様[2016年10月09日]
茶臼山陣城は大坂冬の陣の時は徳川家康が、大坂夏の陣の時は真田幸村(信繁)が陣を置いた。

目立った遺構はありません。曲輪と水堀くらい。石碑と説明板はあります。

茶臼山陣城は天王寺公園内にありますが、動物園に入る訳ではないので入場料は要りません。

同じく天王寺公園内の美術館付近に福岡黒田藩の蔵屋敷の門が移築されています。合わせてご覧になってみてはいかがでしょうか。こちらも入場料は要りません。

まるき〜淡路守高田純次様[2016年08月29日]
JR天王寺駅より北西の方向を見ると非常に怪しい天守が見えます、
その天守の向こう辺りに茶臼山陣城、茶臼山古墳とされる所に据えられた陣地跡があるのですが現地は小高い丘状になってるだけで特に遺構は無いが丁寧に案内板、石碑があります。
そ、それだけ…なのでだいたい皆ココから5分ほど歩いた所に信繁の終焉の地とされる安居神社があるのでそちらに行きますな!
真田幸村像、碑、さなだ松があるのでそちらの方が人気があるみたいです。

JR天王寺駅、天王寺公園(てんしば)〜茶臼山古墳の間、大阪美術館近くに何故か福岡黒田藩の蔵屋敷の長屋門が移築されていました。
近隣に動物園、美術館、通天閣、新世界商店街、串カツ屋、スパワールド等があるので家族連れでも飽きないかと…コッテコテの大阪が味わえます、たぶん(;^_^A
JR天王寺駅より歩いて約10分
駐車場は茶臼山エントランスと言う所が超近いです。
平日 30分200円
土、日は20分200円

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年07月26日]
[武将像]真田幸村像
城は、天王寺公園内にあるため、行くには入場料が必要。
隣接する一心寺(こちらは無料)に、本多忠勝の子で、大坂夏の陣で討死した本多忠朝の墓がある。
その北の安居神社が、真田幸村最期の地といわれ、碑と像が鎮座。

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