博労淵砦(ばくろうぶちとりで)

博労淵砦の基本情報

通称・別名

伯楽淵砦

所在地

大阪府大阪市西区立売堀(推定地)

旧国名

摂津国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

豊臣氏(大野治長ら)

築城年

慶長19年(1614)

主な改修者

主な城主

薄田兼相

廃城年

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

周辺の城

野田城(大阪府大阪市)[1.3km]
三津寺砦(大阪府大阪市)[1.7km]
大坂西町奉行所(大阪府大阪市)[2.5km]
楼ノ岸砦(大阪府大阪市)[2.9km]
木津城(大阪府大阪市)[3.2km]
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茶臼山陣城(大阪府大阪市)[3.8km]
大坂城(大阪府大阪市)[3.9km]
真田丸出城(大阪府大阪市)[3.9km]

博労淵砦の解説文

博労淵砦は、豊臣家と徳川家の最後の戦いである大坂の役の際、豊臣方の守備のために築かれた砦である。

大坂の役のうち、慶長19年(1614)に行われた大坂冬の陣で、ここを舞台とした博労淵の戦いが発生した。

この砦には豊臣方の武将である薄田兼相が置かれたが、この戦いは徳川方の勝利に終わり、砦は陥落した。

砦跡は現在市街地となっており、遺構などは特に確認出来ない。

博労淵砦の口コミ情報

2020年09月13日 源摂津守@ポンコ2
博労淵砦



西長堀駅から長堀通を西へ、西区役所を北に進み、3つ目の交差点を西にいくと、凸マークのある住●商事駐車場(フォトのところ)へ着きます。
遺構も石碑も説明板も何もないですが、少し西へいくとトコトコダンダンという公園?(もう1枚のフォト)ぽいのがあり、そこは微高であり、砦跡の中心はここかもと勝手に思ってしまいました。
遺構が消滅したとこ行くと、石碑や説明板があるありがたさも再認識させてくれます。

大阪難読地名の杭全・放出・本田などと並ぶ、所在地名の立売堀(いたちぼり)の由来ですが、『摂津名所図会大成』によると、大坂の陣で伊達氏がこの付近に堀をつくり陣地を構えていたこと、その跡を掘り足して川としたことからはじめは伊達堀(だてぼり)と呼ばれていたが、その後「いたちぼり」と呼ばれるようになったそうです。
後に材木の立売りが許されるようになったので、漢字も「立売堀」と改められたそうです(諸説あり)。

また、長堀通の西にかかる伯楽橋(ばくろうばし)の近くに「カドヤ食堂本店」という行列できるラーメン屋があります。あっさり醤油系が好みの方にはよいかもしれません。

2018年04月14日 鬼教師
博労淵砦

城マークの所は駐車場でした。石碑や説明書きはありませんでした。

2017年01月14日 橘若狭守次郎吉
博労淵砦

最寄駅は地下鉄の「西長堀」駅 もしくは「阿波座」駅。どちらの駅からも徒歩10分程で城跡の推定地に到着します。どちらかといえば「西長堀」駅の方が近いです。

城跡の付近は埋め立てがされていて、遺構は残っていません。唯一、伯楽橋(ばくろうばし)という橋の名称にだけ城跡を感じることができます。

このアプリが城跡と示している場所よりも少々西側の「朝日プラザ長堀西」というマンション付近が城跡だと一般的に云われています。

博労淵砦は伯楽島という木津川に浮かぶ島にあったと伝わっています。丁度、朝日プラザ長堀西がある場所が木津川につき出す半島のような形になっているので、埋め立て前は島だったのではないかと考えることができ、私は其処にあったのではないかと思ってます。

2015年10月24日 まるき〜上野介
博労淵砦

すこーし調べてみました、写真投稿されている近所の茨住吉神社の話では博労淵砦とされている付近は当時は沼地、湿地帯であったとされていて城として登録されているが簡易的な陣地構成であったと思われるとの事。当時は木津川に浮かぶ伯楽島であったとも言われている、役割は木津川を上がる西国勢の船を監視、攻撃していたとか…。遺構も場所もはっきりとわからないまま言い伝えられて伯楽と言う島の名前のみが橋として残っているだけ…(;^_^A


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