鳴岩城(なるいわじょう)
鳴岩城の基本情報
通称・別名
- 額田城、月輪城
所在地
- 京都府福知山市夜久野町額田中岶、鳴岩
旧国名
- 丹波国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 不明
築城年
- 不明
主な改修者
- -
主な城主
- 夜久氏
廃城年
- -
遺構
- 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財
- -
再建造物
- -
周辺の城
-
福知山城(京都府福知山市)[12.9km]
猪崎城(京都府福知山市)[13.0km]
鬼ケ城(京都府福知山市)[13.9km]
糸井陣屋(兵庫県朝来市)[14.1km]
竹田城(兵庫県朝来市)[14.9km]
河守城(京都府福知山市)[15.6km]
石原城(京都府福知山市)[17.2km]
小畑城(京都府綾部市)[18.6km]
出石城(兵庫県豊岡市)[18.6km]
黒井城(兵庫県丹波市)[19.0km]
鳴岩城の口コミ情報
2025年10月08日 気分爽快山城守
日置城[鳴岩城 周辺城郭]
某サイトを見て興味が湧き出かけてきました。痩せ尾根上に郭が配置されているようですが、城跡までの尾根のup/downが結構きつかったので、等高線を頼りにショートカットしたのが失敗で、だいぶ山の中を彷徨うこととなりました。
縄張り図と簡単な登城経路が頼りでしたが、尾根道を進めば簡単に辿り着けるだろうと舐めてかかり、危うく迷ってしまうところでした。
リア攻めマップの国土地理院地図と縄張り図を照らし合わせたのですが、道を間違えると電波の入りが悪く、地図から場所を読み取れなくなり少し焦りました。城跡に辿り着くまでまで山中を結構歩きます(登り初めて800mぐらい)。目印になるものがなかったので、山登りアプリの歩行軌跡がなかったら戻ってこれたか自信ないです。私には一人で行くのは難度の高い山城でした。
①東郭の切岸
②北郭の東にある堀切
③東郭と西郭との間の大堀切
④西郭から北にのびる段郭
⑤西郭
⑥西郭の西にある二重堀切
⑦⑥二重堀切の西にある長い郭
⑧⑦の西端
2025年09月27日 気分爽快山城守
西垣城[鳴岩城 周辺城郭]
八幡神社に車を停め、道路脇の重厚な防獣フェンスを進むと5分程度で城跡に辿りつきました。
斜面を削って主郭を無理やり造ったような不思議な構造です。主郭の三方(北西南)に空堀があり、主郭後ろはほぼ垂直な壁となっています。
雨上がりだったこともあり、斜面上から主郭上の横堀に降りようとして転げ落ち、後頭部をうちました。
①南竪堀(下から)
②南竪堀(上から)
③主郭
④主郭(横から)
⑤北竪堀(上から)
⑥主郭上の横堀とその先に主郭
⑦⑥を横から
⑧主郭北西の石積み(遺構かは不明)
2025年09月27日 気分爽快山城守
畑中城[鳴岩城 周辺城郭]
某サイトで「屏風の如き土橋が小郭を挟んで連続している」というコメントを見て、いつか訪れたいと思っていた城跡にようやく行くことができました。麓の雲龍寺に許可をいただき駐車しました。
防獣フェンスをこえたら登山道に従っていけば展望所に到達します。土橋は一列で通るのがやっとで、両側が切り立った崖状なので落ちたら登るのは困難です。
①T字の交差部にある主郭。展望所になっている
②大きな竪堀
③T城交差部から根元に向かう箇所の堀切と土橋
④最初の長い尾根道
⑤④北の土橋と竪堀
⑥⑤の竪堀を見下ろした
⑦⑤北の土橋
⑧北端の長い土橋
2025年05月18日 生駒伊予守江現蔵✿
鳴岩城
鳴岩城は丹波国福知山市にある標高160mほどの月輪山山頂付近に室町時代、夜久氏が築きました。5月のGWの天気が良いリア日和、直登クラブでの丹波遠征、本日の5城目です。
17時30分に東光寺に車を止めていざ出陣!この時間からでも小規模山城に行けるくらい日が長くなってきました。墓地の北側の山道を登るとすぐに祠のある細長い東出郭に到達。
奥には中国寺院の塔の様なコンクリート製の宝楼閣が建ちます。塔内部には階段がありますが、危険の注意書きがあり、登れません。
西の曲輪の奥には三角形の主郭、北側には虎口があり、帯曲輪になっています。主郭西の土橋の両側には薄い堀切を確認しました。縄張り図はここで終了ですが、西側の最頂部まで調査すると、曲輪を発見!物見台があったのかもしれません。
丹波遠征のラストを飾るに相応しい、すぐに行けるオススメ山城、50分の楽しい山歩きでした。
2025年05月18日 生駒伊予守江現蔵✿
田ノ口城[鳴岩城 周辺城郭]
田ノ口城は丹波国丹波市の標高250mほどの里山に戦国時代、足立氏が築きました。5月のGWの天気が良いリア日和、直登クラブでの丹波遠征、16時から本日の4城目です。
鹿嶋神社の横を通り、高架下を進むと登山口に獣避けのフェンスがあります。開閉し、手すりの付いた登山道を登るとすぐに自然地形曲輪に到達。
細い道を進むと南郭の間に堀切があり、両側に竪堀が落ちています。その先の祠のある曲輪までは15分程です。先ほどの難城、香良城のあとに登るにはラクラクで嬉しい限り。祠の背後を登ると段曲輪があり奥が主郭です。
主郭の北側に二重堀切があり、西側には竪堀が2条あります。主郭の西下尾根側にも堀切がありました。コンパクトな山城で、郭も小さいですが、比高60m程で山城初心者にもオススメできます。1時間の楽しい山歩きでした。
2024年03月31日 tracer_azu
遠阪城[鳴岩城 周辺城郭]
山垣城主の足立氏の支城とされています。丹波と但馬の国境の城で街道へと抜ける脇街道の押さえであったとされています。羽柴秀長の但馬侵攻の際に足立氏はこの付近で切腹したようです(伝)
朝6時から城にある竪堀(推定)と三重堀切目当てで直登開始。城内へは15分ほどで到達できました。コンパクトな城ですが妄想が掻き立てられる城で目の覚める堀切でした。
2023年11月20日 ᴿᴱᴰ 副将軍
鳴岩城
但馬と丹波の境目である夜久野を支配した夜久氏一族の居城🏯
オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎
築城年代や築城主は不詳。夜久氏の居城と伝わります。
室町幕府13代将軍の足利義輝の時代である1546年から1565年頃には夜久相模守の居城であったとされます。周辺には夜久氏のものと思われる同規模の城跡が点在しており本城、支城の関係性もはっきりとはしていません。
夜久氏は、桓武平氏の系譜である秩父氏の庶流と云われており、承久の乱の戦功により西遷した関東御家人と思われます。
但馬と丹波の境目に位置する夜久野の在地土豪として勢力を築きました。
南北朝時代には守護職である細川氏の被官として守護代の内藤氏に従い、山名氏と戦っていた様で細川勝元や細川勝家の感状が伝わっています。
その後、細川氏が内紛により弱体化し内藤氏が勢力を拡大すると内藤氏に属し、内藤氏が赤井直正により敗北すると赤井直正に従属しました。
1579年の織田信長の命による明智光秀の丹波攻めにおいては、夜久氏は但馬磯部谷に逃れたされ、波多野氏や赤井氏などの有力国衆は滅亡。
1582年、明智光秀による本能寺の変において織田信長が没すると、出石城の羽柴秀長は山崎の戦いに向けて、播磨・但馬・丹波から京への連絡通路を確保するために高内城の夜久主計頭に協力依頼をした書状が知られます。
1600年の関ケ原の戦いに際しては、福知山城の小野木重勝に従い西軍に付いたため滅亡したとも云われます。
見所
東光寺背後の標高約160mの裏山に築かれており、比高は約90mほどです。
山頂の主郭は高さ約6mの鋭い切岸に北側に虎口が開口し、周囲に帯郭が配されています。
主郭背後の西側は土塁が盛られ、その下は土橋が架かる堀切で遮断されています。
登り始めて最初に見える東側の寶楼閣がある平地は改変を受けているものの出郭であったと思われます。
行き方は東光寺を目標に設定。比高は約90mで裏の墓地から15分ほど登ると辿り着きます。
2020年09月14日 ko+
鳴岩城
下夜久野駅から徒歩5分強、東光寺の西に鳴岩城は位置します。
建物の南から整備された山道を10分弱進むと、宝楼閣と呼ばれる白い塔と秋葉神社の社が建てられた平坦地に。
そして、その平坦地から西へ、鞍部を経由し登ること10分弱、主郭部に到着します。
主郭の南東に小郭と竪堀、主郭の北西に帯郭を配置。
尾根が高所へと続くため、尾根からの侵入を警戒したのか、主郭の西側に土塁、その外側に堀切、更にその先の尾根に堀切を置く。
散策の参考にした京都府中世城館調査報告書記載の縄張図は主郭部だけですが、先人様が書かれているように宝楼閣の置かれた平坦地も、出郭或いは居館として使われていたのかもしれません。
牧川と現在の国道9号線を南に見下ろし、但馬国との国境に築かれた鳴岩城。
お城の規模は小さいものの、綺麗な切岸や土塁等見応えのある遺構が残っています。
2019年06月18日 あきおこ
鳴岩城
主郭北側の切岸と腰曲輪。主郭周辺はコンパクトな縄張りで小規模城郭の様です。主郭から離れた塔のある削平地は改変されているので何とも言えませんが出丸の様です。鳴岩城周辺には同じ様な小規模城郭が複数ある模様
2019年06月17日 あきおこ
鳴岩城
西の土橋と堀切を主郭から見る。塔から長い土橋を渡り竪堀状尾根を登ると数分で主郭に着く。主郭は綺麗に削平され土塁状地形も残る。主郭西の土橋のかかる堀切は埋没している様で鋭さを欠く
2019年06月14日 あきおこ
鳴岩城
主郭に通じる土橋。塔のある削平地と主郭のある山に通じる鞍部にある。片側を削り取り土橋としている。
麓の東光寺で草狩りをしてみえた住職さん(何故か東京消防庁の消防服を着ていた!)に聞いた所、削平地の塔は福知山最古のコンクリ建築だそうです。城の登城路を訪ねたら塔までは行けます!との事。先の主郭は行っては行けない雰囲気だったが・・・。主郭は塔より奥の山頂にありました
2017年06月19日 まるき〜出羽守
鳴岩城
先に寄った福知山城事務所にて学芸員さんに調べていただきました
日本城郭大系にも記載がない城のようで色々とその筋の所に問い合わせをしていただき何とか縄張り図を手に入れました…。
場所は夜久野の月輪山東光寺の敷地内に城の縄張りがあり、寺の若い住職さんに話を聞いてみましたが城の事は全く知らない…との事
アプリには曲輪、土塁、空堀とありましたので縄張り図と照らし合わせて現地を探索してみました。主郭部はかなり破却されているか改変されているようで素人目で見てわかる遺構らしきものはみつけにくいです。
怪しいコンクリートの塔の下には尾根伝いに上がって行く土塁が連なって見応えありました。
いただいた縄張り図が主郭部のみだったのでそれ以上の探索はしていませんが奥にはまだ縄張りが続いてるのかも…
お墓が立ち並ぶ段々は家臣、武家屋敷に最適のような気もしますし…。
そもそもネットや現地でもあまり知られていない鳴岩城がなぜ城めぐりアプリに登録されているのか?ちょっと不思議に思っています。
2015年08月18日 INO【兒】蔵人頭
鳴岩城
東光寺の裏山で、同お寺に駐車場あり
2011年10月24日 三河守コーキしゃん
鳴岩城
目印は国道9号を走っていると左手に変な文字が書かれた塔が見えてきますが、その塔が立っている場所が城郭です。土塁や空掘らしき遺構はありますが崩れていて縄張りは把握できませんでした。
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