坂手村砲台(さかてむらほうだい)
坂手村砲台の基本情報
通称・別名
- 坂手田崎砲台、田の崎砲台
所在地
- 三重県鳥羽市坂手町字田ノ崎
旧国名
- 志摩国
分類・構造
- 台場
天守構造
- なし
築城主
- 稲垣長明
築城年
- 江戸時代
主な改修者
- -
主な城主
- 鳥羽藩
廃城年
- -
遺構
- 火薬庫跡
指定文化財
- 県史跡(坂手村砲台跡)
再建造物
- 碑、説明板
周辺の城
-
鳥羽城(三重県鳥羽市)[1.1km]
田城城(三重県鳥羽市)[4.6km]
五ヶ所城(三重県度会郡)[20.1km]
田丸城(三重県度会郡)[20.5km]
斎宮城(三重県多気郡)[22.1km]
波切城(三重県志摩市)[24.0km]
篠島城(愛知県知多郡)[25.6km]
越賀城(三重県志摩市)[26.4km]
一之瀬城(三重県度会郡)[28.4km]
松坂城(三重県松阪市)[31.5km]
坂手村砲台の解説文
坂手村砲台の口コミ情報
2026年03月13日 鈴木剛
坂手村砲台
番太の権八伝説と言うものがあり、坂手島の鳥羽側の面に鼠畠と言う区画が有り、鳥羽藩主直轄の菜園があって、その番人の権八が一日中立ち番をし、藩主が城から望遠鏡で菜園を眺めていたが、権八は博奕好きで、自分の着物を着せた藁人形を立て、里で酒や博奕に興じていた。それが藩主に知れ、藩主は驚かせてやろうと藁人形を鉄砲で撃った。しかしその時に権八は立っていた為死んでしまった。これ以降鼠畠は権八の悪霊のせいで、何を植えても育たなくなったといわれています。
2026年03月13日 鈴木剛
坂手村砲台
天保の大飢饉で島民の半数が餓死することになったため、島の頂上付近迄開墾して段々畑を作った。
2026年02月28日 鈴木剛
坂手村砲台
1941年に三重県指定史跡に指定されて、島の観光スポットになっていましたが、観光客誘致の為ホテルが建設され砲台跡はなくなり、記念碑と説明板が有るようですが、ホテルが廃業したためホテルの敷地内は私有地の為立ち入り禁止で入れません。観光客誘致の為が立ち入り禁止になってしまい観ることが出来なくなっています。
2017年02月19日 ソバッソ80.0
坂手村砲台
付近にあります「伊勢・安土桃山文化村」なるテーマパークへ行ってきました
砲台の攻略はここから出来ました
原寸大で再現した安土城天主があるとの情報をゲットしました。調べると、どーにも怪しいB級テーマパーク感が漂っていました。
しかし、ちょうど鳥羽方面へ旅行に行く予定があった為、思い切ってトライしてみました。
結果
オモろオモんない
でした
再現天主の外観は、なかなかのディテールです。フォトはなかなか撮り甲斐があります
中にも入れますが‥感想は、なんとも言えないってのが正直です
入場料、天主入場料、アトラクション(迷路、忍者屋敷など)など共通で大人3.900円→メルマガ会員登録で2割引
高いか安いかの判断は人それぞれ
天主内の武者人形に動じない嫡男の写真を撮れたので、僕は安かったと思いました。










坂手の砲台跡もその例である。砲台の痕跡は殆ど残っておらず、今は祈念碑が立つのみとなっている。