見前館(みるまえだて)

見前館の基本情報

通称・別名

見舞館

所在地

岩手県盛岡市西見前8地割

旧国名

陸中国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

主な城主

見前氏、日戸氏

廃城年

天正20年(1592)

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

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見前館の解説文



見前館(みるまえだて)は、岩手県盛岡市西見前8地割館にあった日本の城。別称は見前城、見舞館。

概要 

東を北上川が南流する沖積平野内にあり、平坦だが周囲の沖積低地より1~2メートル高くなっている低位段丘上に、東西150メートル・南北250メートルの規模で館跡が所在した。付近に堀田、大館、大手先、搦手などの地名が残っているが、現在、畑や水田になっていて館の地表上での遺構は全く見られない。

1998年(平成10年)5月に個人住宅建築に伴い行われた発掘調査では、地表下40センチメートルまで掘り下げた遺構検出面から中世の掘立柱建物跡5棟と井戸2基、溝1条が検出され、16世紀-17世紀初頭の唐津焼皿が1点出土した。

沿革 

陸奥国志和郡西見前村に所在し、古くは見舞とかいて「みるまえ」と訓んだという(『都南村史』)。

築城時期は不明であるが、郡主・斯波氏の家臣・見前氏の本拠地で、元亀・天正にはたびたび南部勢と戦火を交え、斯波氏の前線基地であったと伝えられている。天正16年(1588年)、斯波氏滅亡のころには、南部方の日戸氏が見前の館主となっている。

天正20年(1592年)の諸城破却書上には「見舞 平城 破 信直抱 代官 日戸中務」とあり、破却された。

参考資料 

  • 【書籍】「角川日本地名大辞典 3 岩手県」
  • 【書籍】「日本歴史地名大系 第3巻 岩手県の地名」
  • 【書籍】「日本城郭大系 第2巻 青森・岩手・秋田」
  • 盛岡市教育委員会 1999「見前館遺跡」『盛岡遺跡群 平成10年度発掘調査概報(https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/64951)』盛岡市教育委員会 pp.59-73

見前館の口コミ情報

2017年06月30日 まー刑部卿
見前館

民家裏の畑となっており遺構なし、説明板なし。【西見前17地割】と表示された電柱を曲がると(中学校と反対方向)あるが住民の方が見えたら説明しましょう。近くの清水寺墓地脇に停めました。

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