田沢城(たざわじょう)

田沢城の基本情報

通称・別名

城山、天山(あてやま)城

所在地

静岡県浜松市北区引佐町田沢/愛知県新城市

旧国名

遠江国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

田沢(井伊)直道

築城年

南北朝時代

主な改修者

主な城主

田沢氏

廃城年

遺構

曲輪

指定文化財

再建造物

碑、説明板

周辺の城

長篠城(愛知県新城市)[8.0km]
三岳城(静岡県浜松市)[8.4km]
井伊谷城(静岡県浜松市)[9.3km]
宇利城(愛知県新城市)[11.8km]
大平城(静岡県浜松市)[12.2km]
刑部城(静岡県浜松市)[12.7km]
千頭峯城(静岡県浜松市)[13.5km]
新城城(愛知県新城市)[13.8km]
中日向城(静岡県浜松市)[15.8km]
鳥羽山城(静岡県浜松市)[16.0km]

田沢城の口コミ情報

2020年08月08日 陸奥守たろす
柿本城[田沢城  周辺城郭]



【柿本城】
愛知県新城市下吉田の城
大河ドラマ「おんな城主直虎」でお馴染み井伊の谷三人衆の鈴木重時(井伊直政の婆ちゃんの兄貴)ゆかりの城です。
新城七名城に名を連ね、門や木柵を設置し砦を復元するなど手入れされた城で、御城印もあります。

最寄りの城は田沢城か長篠城になりますが、いずれも3km以上とリア攻めマップに登録できませんでしたが、この度運営様に田沢城のリア攻め範囲拡大して頂きましたので登録させて頂きます♪

【概要(現地説明板より)】
遺跡は標高190mを測る子路山(しろやま)山頂付近の端部に所在している。規模は150m四方にわたり、南北90mで東西約55mの長方形を呈する主郭とその東西の一段低い場所に腰曲輪が配置される。土塁などの遺構は認められないことから、防御性が低かったものと考えられている。
柿本城は、今川を離反し徳川方となった鈴木重勝によって、永禄11年(1568)頃には築城が開始されたものと考えられている。
元亀2年(1571)武田信玄の三河侵攻が始まると、翌年に武田方の山縣昌景が8千の軍勢を率いて、5百ばかりの兵が守る柿本城に押し寄せた。城主の鈴木重好は、満光寺住職らの仲介によって戦闘を回避すべく和議を結んで開城し、引佐町・伊平に逃げ延びた。天正9年(1581)の家康の遠江平定後、宇利城主の近藤康用はここに居城を移したとされる。
〈新城市教育委員会〉

【アクセス】
①道の駅「鳳来三河三石」に案内板もあり、裏手にある満光寺の脇の登城口から15分程で本丸に到着するようです。
②城跡南にある柿本集落の一角に駐車スペースがあり(私はナビに従いここにたどり着く)、手製の看板に従い登城すると10分もかからず二の丸に到着します。

【遺構】
地形を活かしつつ削平された曲輪を配置。
冒頭述べた様に土塁や堀切のような山城遺構は見られず簡単な堀が僅かに見られる程度であり、塀や柵、矢倉などをたて並べていたと考えられる。
本丸周りには大河直虎の時期に設置された?柵が復元されており、経年劣化の進んだ状態が逆に往時を感じられる。
出丸の先にまで行くと新東名高速を眺められます(笑)

【御城印】
「長篠城址史跡保存館」にて300円/枚

2014年04月09日 北川幸人
田沢城

国道257号線の田沢交差点から県道359号線を約1㎞進み、引佐北部小学校の手前の交差点を左折し約1.5㎞進むと、左への脇道の傍に「この先田沢城跡5㎞」の標識があります。その脇道は、道幅が狭い上に未舗装箇所も多い悪路。途中に「この先田沢城跡2.3㎞」の標識があります。山頂手前約100mの地点に投稿写真の「史跡田沢城(天山城)跡案内」の看板があります。山頂にはNTTの無線中継所があり、城山の案内看板があります。
城山
城山は三河(愛知県)と遠州(静岡県)の境界線上にあります。山頂の標高は656.8mです。ここには中世最大の動乱期であった南北朝時代に北朝足利尊氏と相対するために築いた田沢城があったとされています。また古代遺跡を思わすような巨石群もあり黄金伝説が残されています。
山頂の案内看板の全文

遺構を見つけることはできませんでした。

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