頭陀寺城(ずだじじょう)

頭陀寺城の基本情報

通称・別名

頭蛇寺城、市場城、(松下屋敷、松下嘉平次屋敷、城屋敷)

所在地

静岡県浜松市南区頭陀寺町

旧国名

遠江国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

松下氏

築城年

不明

主な改修者

主な城主

松下氏

廃城年

永禄7年(1564)

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

石碑(松下嘉平次屋敷)、説明板

周辺の城

浜松城(静岡県浜松市)[3.2km]
米津台場(静岡県浜松市)[5.4km]
中泉陣屋(静岡県磐田市)[8.9km]
匂坂城(静岡県磐田市)[10.2km]
刑部城(静岡県浜松市)[14.7km]

頭陀寺城の解説文

頭陀寺城(ずだじじょう)は、現在の静岡県浜松市南区頭陀寺町にある高野山真言宗の古刹・頭陀寺の門前にあった戦国時代の城。

広さは約1町(109m)四方で、ほぼ土豪の一般的な大きさである。ただ、頭陀寺自体を含めると、広さについては、もっと大きかったのかもしれない。かつて、城の周囲は田となっており、戦国時代の頭陀寺城は、この通称「松下屋敷跡」といわれる場所の地下80cmにあったことが、平成13年(2001年)10月の発掘調査でほぼ明らかになっている。別名・市場城とも地元の伝承が残る。引間城主・飯尾氏を寄親とする寄子の土豪・近江源氏の松下氏が居城。天文20年(1551年)頃から約3年間、まだ無名の豊臣秀吉が松下加兵衛に仕えたと『太閤素生記』に記されている。

永禄6年(1563年)遠州劇(今川氏と飯尾氏の争乱)で焼き討ちに遭い、炎上する。今回の発掘調査の時、炭跡を確認している。井戸跡からは大きな硯石や高級青磁の破片が発見されている。松下氏は交易商人でもあった可能性がある。

江戸時代は、松下之綱の長男・暁綱の家系が、松下屋敷の当主となって明治38年(1905年)まで居住した。頭陀寺町第一公園の、土塁の面影を残すところにある「松下屋敷跡石碑」は、松下氏の屋敷神を祀る、「松下稲荷」の本殿のあった場所で、かつては応神天皇と敦実親王を祀っていた所である。松下稲荷は頭陀寺の境内に移転している。

参考文献
冨永公文『松下加兵衛と豊臣秀吉』(東京図書出版会、2002年)

頭陀寺城の口コミ情報

佐々木勘解由長官某様[2013年09月26日]
訂正
この頃の秀吉はまだ木下藤吉郎ですらありませんでした。本当に無名で松下嘉兵衛長則からは「猿」と呼ばれていたそうです。誤った情報を失礼しましたm(__)m

佐々木勘解由長官某様[2013年09月19日]
発掘された青磁器の破片は現在浜松市博物館に展示されています。浜松市博物館は古代から近現代までの浜松の歩みが大雑把に紹介されていますが、中世のコーナーな意外とマニアックな史料があったりします。また、近くの遺跡としては、「秀吉公鎌研ぎの池」のある天白神社などがあります。小さいですが、秀吉が木下藤吉郎でまだ無名だった少年時代の頃の足跡を辿る事が出来ます。

佐々木勘解由長官某様[2012年12月05日]
現在礎石の一部はか●ぱ寿司の駐車場になってます。か●ぱ寿司今日も大繁盛です(´ω`;)

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