杣山城(そまやまじょう)

杣山城の基本情報

通称・別名

所在地

福井県南条郡南越前町阿久和、今庄社谷

旧国名

越前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

瓜生衡

築城年

鎌倉時代後期

主な改修者

主な城主

瓜生氏、新田氏、河合氏(朝倉氏家臣)

廃城年

天正元年(1573)

遺構

曲輪、土塁、堀切

指定文化財

国史跡(杣山城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

燧城(福井県南条郡)[4.2km]
小丸城(福井県越前市)[10.7km]
竜門寺城(福井県越前市)[11.8km]
木ノ芽峠城(福井県南条郡)[11.9km]
府中城(福井県越前市)[12.1km]

杣山城の解説文

杣山城(そまやまじょう)は福井県南条郡南越前町にあった日本の城である。

概要
南越前町中央部に位置する杣山の山頂に築かれた山城である。自然の要塞とも言える険しい崖を利用しており、南北朝時代には南朝方の越前国における拠点ともなった堅城である。鎌倉時代初期に源頼親が城郭を築いたのが起りという伝承が残っている。現在では石垣や堀切、土塁などが僅かに残されており、他は様々な言い伝えが残るのみである。

歴史
鎌倉時代初期 - 源頼親が城郭を築く。
鎌倉時代中期 - 瓜生衛により瓜生氏の居城として再築がなされる。
1336年 - 新田義貞が兵糧攻めに遭う現福井県敦賀市の金ヶ崎城を脱出し、杣山城を訪ねる。杣山城主瓜生保および義鑑坊の兄弟はこれを受け入れ南朝に支持し、金ヶ崎城の救援に向かう。しかし敦賀市樫曲付近にて戦死し、金ヶ崎城も落城する。その後、新田義貞は杣山城に篭るも結果落城し、北朝方の斯波高経家老増沢甲斐守祐徳が入ることとなる。
1470年 - 朝倉孝景が日野川の合戦で斯波方を追い、河合安芸守宗清が入城する。
1514年 - 朝倉氏に対抗する一向一揆軍が立て篭もる。

アクセス
北陸自動車道今庄インターチェンジ(越前市方面)-福井県道137号杣山城趾線-福井県道202号中小屋武生線-駐車場

参考文献
1.杣山城跡 - 文化遺産オンライン(文化庁)
2.“杣山城跡”. 南越前町. 2015年11月21日閲覧。

杣山城の口コミ情報

Marky様[2016年05月04日]
大戻駒返しのある登城路はクライマー向けです。登山に慣れていない人は止めた方がよいです。本丸から大戻駒返しに来た場合は素直に本丸に戻りましょう。

柴崎薩摩守幸助様[2016年03月27日]
駐車場迄の山道は細く、落石にも注意してください。
駐車場からは西御殿までキツい登りが続きます(*_*;
…ということは帰りの下りも足にくるので頑張ってください。
西御殿を過ぎて袿掛岩に着くと、眺望抜群です!! 休憩にはちょうどいいのですが、絶壁なので吸い込まれないように気をつけましょう♪

ゲッコウゼロモナイト様[2012年07月27日]
城のしたに蓮沼がありました。ピンクと白の花がたくさん咲いてました。でも蓮沼は畦道が細いので転んで落ちないように注意してくだしいね。

三河守コーキしゃん様[2011年05月04日]
県道137号から案内板通りに進むと駐車場まで行けるのでそこから徒歩です。(案内板から駐車場まで約3㎞)堀切を幾つか越えて主郭部に着きます。途中に殿池という当時の飲料水の池がありますが水がとても透き通って綺麗でした

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