杣山城(そまやまじょう)
杣山城の基本情報
通称・別名
- -
所在地
- 福井県南条郡南越前町阿久和、今庄社谷
旧国名
- 越前国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 瓜生衡
築城年
- 鎌倉時代後期
主な改修者
- -
主な城主
- 瓜生氏、新田氏、河合氏(朝倉氏家臣)
廃城年
- 天正元年(1573)
遺構
- 曲輪、土塁、堀切
指定文化財
- 国史跡(杣山城跡)
再建造物
- 石碑、説明板
周辺の城
-
燧城(福井県南条郡)[4.2km]
小丸城(福井県越前市)[10.7km]
竜門寺城(福井県越前市)[11.8km]
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府中城(福井県越前市)[12.1km]
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鯖江陣屋(福井県鯖江市)[16.1km]
安戸の天城(福井県越前市)[19.7km]
杣山城の解説文
[引用元:Wikipedia「杣山城」の項目]
杣山城(そまやまじょう)は、福井県南条郡南越前町大字瓜生にあった日本の城。国の史跡に指定されている。
概要
南越前町中央部に位置する杣山の山頂に築かれた山城である。自然の要塞とも言える険しい崖を利用しており、南北朝時代には南朝方の越前国における拠点ともなった堅城である。平安時代初期に源頼親が城郭を築いたのが起りという伝承が残っている。現在では石垣や堀切、土塁などが僅かに残されており[1]、他は様々な言い伝えが残るのみである。
歴史
- 平安時代初期 - 源頼親が城郭を築く。
- 鎌倉時代中期 - 瓜生衛により瓜生氏の居城として再築がなされる。
- 1336年 - 新田義貞が兵糧攻めに遭う現福井県敦賀市の金ヶ崎城を脱出し、杣山城を訪ねる。杣山城主瓜生保および義鑑坊の兄弟はこれを受け入れ南朝に支持し、金ヶ崎城の救援に向かう。しかし敦賀市樫曲付近にて戦死し、金ヶ崎城も落城する。その後、新田義貞は杣山城に篭るも結果落城し、北朝方の斯波高経家老増沢甲斐守祐徳が入ることとなる。
- 1470年 - 朝倉孝景が日野川の合戦で斯波方を追い、河合安芸守宗清が入城する。
- 1514年 - 朝倉氏に対抗する一向一揆軍が立て篭もる。
アクセス
- 北陸自動車道今庄インターチェンジ(越前市方面)-福井県道137号杣山城趾線-福井県道202号中小屋武生線-駐車場
周辺情報
- 花はす温泉
参考文献
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杣山城の口コミ情報
2025年11月25日 SHIN
杣山城
2025.11.24リア攻め。遺構は曲輪跡、堀切などよく残されていていい城趾です。しかし、私が選んだルートの難易度はかなり高かったです。比高は380m。
登城口は4カ所、ルートは5本あります。まず北側の居館跡(駐車場あり)から西回りで進む登城口1。居館跡から南に進む登城口2。花はす温泉の裏から登る登城口3。南の社谷登山口(白山神社)の4カ所です。登山口2は途中の東屋からそのまま南進して姫穴、殿池を通る姫穴ルートと、東に進んでから東御殿を通って主郭を目指す東御殿ルートに分かれます。
当日選んだのは登城口2から姫穴ルートを通って主郭、さらに東進して登城口3に降りるルートです。移動距離は3.3キロですが3時間掛かりました(休憩、城郭見学含む)。道はあります。ピンクのリボンがかなり準備されていて、分岐には案内標識もあるので、道に迷うことはないと思います。ただ本当に険しい山です。
以下、ルート詳細です。登城口2から東屋までは普通の登山です。攻城日時点、姫穴ルートに進む道は東屋の所で倒木に塞がれていましたが、一応迂回可能です。しばらく進むと岩場になります。ここからはチェーンを頼りにクライミングみたいな登山になります。滑落したら、まず助かりません。姫穴というのは、高さ5m程の巨大岩に空いた穴ですが、その岩の脇を登るのはかなりスリルがあります。上に抜け、しばらく進むと殿池に出ます。城内の生活用水だったと思われ、ここまで昔の人は水を汲みに来ていたのでしょう。ですので、ここからは普通の山道に戻ります。
殿池の上の尾根道まで上がると、登城口1からのルートに合流します。この尾根道は広く削平されているので歩きやすく、この城に人が詰めていたであろうことが想像できます。しばらく尾根道に従い東に進むと西御殿跡に到着、さらに東に進むと袿掛岩(うちかけいわ、眺望よし、やや危険)→主郭となります。ここまでの所要時間は80分でした。
疲労と達成感に浸っていて、東御殿跡を失念していたことが少し悔やまれます。
さて帰路ですが、主郭からさらに東に進むと社谷行きと登城口3(花はす温泉)の分岐があり、その先に犬戻駒返があります。ここは絶壁にハシゴが2カ所設置されている難所です。個人的にはハシゴを降りたあとの、チェーンなどの手掛かりがない岩場もかなり怖かったです。滑落は死を意味しますので、本当に慎重に進みます。だめだと思ったら引き返す勇気も必要な場所だと思います。ハシゴを降りたあと、そのまま東に進み、岩場を抜け、山道を下ったあともう一回少し登りがあります。
ここで道は北に方向が変わり、終わりが見えない直線階段が待ち受けています。階段と言っても樹脂の丸太で土留めをしているもので、段差もまちまち。さらに落ち葉も積もっているので気は抜けません。疲労も蓄積されて、かなり膝にきている頃なので、ここも何気に危険です。延々と階段が続き、進んでいないような錯覚にも囚われます。個人的には無限階段と名付けたい難所です。登山口3から登る場合はこの階段で心折られる気がきます。(その先に犬戻駒返が待ち受けていますし、このルートを登りで使うのはかなりの覚悟が必要です)下りに要した時間は60分でした。
下城後は花はす温泉で疲れを癒やしたのは言うまでもありません。
行っていませんが社谷口ルートは、等高線間隔が狭いので、かなりの難所だろうと想像できます。東御殿ルートも崖マークを縫うように進んでいるので険しそうです。地形図的には登城口1から登るルートがマシな気がします。他のルートの報告は後続の勇者に託します。
以上のように軽い気持ちで行ける城ではありません。装備はガチ山用が必要です。道に迷うことはないと思いますが登山アプリも利用したほうがいいでしょう。私は登る時に手頃な木の枝を拾って杖にしていましたが、下りで本当に役立ちました。ハシゴのところでも下に投げ落としたあと、後生大事に回収して階段降りきるまで使ってました。鎖場があるので手袋もあったほうがいいでしょう。(滑りにくいもの)
行き方ですが、今庄駅観光案内所で「みなこい定額タクシーチケット」を2枚(1枚¥500)購入。この制度は南越前町内であれば、どこから乗ってどこで降りても¥500という非常にありがたいシステムです。それを利用し居館跡まで行き、帰りは花はす温泉に迎えに来てもらって今庄駅まで戻りました。
麓の居館跡は整備工事中ですが、土塁や礎石などが復元されていて自由に入れます。タクシーの運転手さんによると、もう5年くらい工事してるけど、いつまでも完成しない、とのことです。
山上の主郭をリア攻めされる方はくれぐれもご安全に!
2021年11月29日 ヤンヤン
杣山城
中腹の駐車場までは道が狭く、落ち葉と苔で危険ですのでご注意を!楽に山頂まで行けますけが脱輪注意です
2019年02月24日 馬秀のすけ
杣山城
湯尾駅から徒歩で約一時間かけて居館跡の登山口へ。さらに二時間かけて本丸へ。途中に姫穴がある。これが大変な場所にある。名前に魅せられて行くもんじゃない。ホントに怖かった。
中腹に林道駐車場があるので素直に西御殿へ向かい尾根沿いを本丸を目指すのがいい。そして、同じ登山道を下山すべし。我が輩はひねくれ者なので、本丸の南側の社谷口方面へ下山した。これが急斜面で、とても危険。途中で額を木の枝にぶつけて負傷。他にも生傷あり、下山した時は精も根も尽き果てた。よくまあ無事に生きて下山できたものである。
なお、急斜面を気にしないなら、今庄駅から徒歩で50分弱で社谷登山口の白山神社にいけます。登山口から約60分で本丸に登れる。これが一番手っ取り早いと思う。ただし、登山道はあまり整備されてないのでオススメはできないが。というか、もう二度と登ることはない、絶対に。絶対に!も1つおまけで、絶対に!いやはや疲れました。今年一番の難解登山でした。満身創痍なので、当分の間、山城はやめます…
2016年05月04日 Marky武蔵守
杣山城
大戻駒返しのある登城路はクライマー向けです。登山に慣れていない人は止めた方がよいです。本丸から大戻駒返しに来た場合は素直に本丸に戻りましょう。
2016年03月27日 柴崎権大納言幸助
杣山城
駐車場迄の山道は細く、落石にも注意してください。
駐車場からは西御殿までキツい登りが続きます(*_*;
…ということは帰りの下りも足にくるので頑張ってください。
西御殿を過ぎて袿掛岩に着くと、眺望抜群です!! 休憩にはちょうどいいのですが、絶壁なので吸い込まれないように気をつけましょう♪
2012年07月27日 ゲッコウゼロモナイト
杣山城
城のしたに蓮沼がありました。ピンクと白の花がたくさん咲いてました。でも蓮沼は畦道が細いので転んで落ちないように注意してくだしいね。
2011年05月04日 三河守コーキしゃん
杣山城
県道137号から案内板通りに進むと駐車場まで行けるのでそこから徒歩です。(案内板から駐車場まで約3㎞)堀切を幾つか越えて主郭部に着きます。途中に殿池という当時の飲料水の池がありますが水がとても透き通って綺麗でした









