二子城(ふたごじょう)

二子城の基本情報

通称・別名

飛勢(とばせ)城

所在地

岩手県北上市二子町渋谷他

旧国名

陸中国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

和賀氏

築城年

不明

主な改修者

主な城主

和賀氏

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪、腰曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

石碑

周辺の城

黒岩城(岩手県北上市)[2.7km]
花巻城(岩手県花巻市)[6.8km]
毒沢城(岩手県花巻市)[8.2km]
岩崎城(岩手県北上市)[9.8km]
小瀬川館(岩手県花巻市)[10.9km]
野手崎城(岩手県奥州市)[11.6km]
寺林城(岩手県花巻市)[15.6km]
鳥海柵(岩手県胆沢郡)[15.9km]
胆沢城(岩手県奥州市)[16.9km]
豊田館(岩手県奥州市)[17.5km]

二子城の解説文

※この城郭は2020年4月6日に名称と位置が変更となりました。

二子城(ふたごじょう)は、岩手県北上市にあった日本の城。領主・和賀氏一族の居城。別名に飛勢城(とばせじょう)。

概要
二子城(ふたごじょう)は、陸奥国和賀郡二子村に所在した。城跡は北上川湾曲部西岸の丘陵地帯あり、二子という名は地内北西部に小山が二つ並んでいることによる。

丘陵東側には宿(しゅく)と呼ばれる城下町が形成され、二子城の中心部分に城主の居館跡(白鳥館)が存在し、周辺には家臣団の屋敷が配置されていたとみられる。

現在、飛勢城公園として整備されている。

歴史・沿革
室町時代以降、和賀郡惣領職として郡内を治めた和賀氏の居城跡で、築城年代は不明であるが、和賀氏の本拠地ははじめ北上川の対岸の更木(北上市更木町)に本拠地があったとされる。『邦内郷村志(1797年)』

二子城が和賀氏の本城となるのは、応永8年(1401年)4月28日に和賀時義が和賀郡惣領職に補せられた直後とする説もある。天正18年(1590年)の奥州仕置で和賀氏が所領没収、城地追放処分を受けると、二子城には浅野長政の家臣・後藤半七が駐留したが、旧領回復を目指す和賀氏・稗貫氏が旧臣を集めて挙兵(和賀・稗貫一揆)、二子城を奪還した。しかし翌年の再仕置で蒲生氏郷勢に攻略され、当主の和賀義忠は逃亡途中に殺害された。天正20年(1592年)の諸城破却書上には、「二子 平城 破 信直抱 代官 川村左衛門四郎」とある。

岩崎一揆
慶長5年(1600年)、南部氏が最上出陣中、伊達氏の支援を受けた和賀忠親は再度旧領回復を目指して挙兵(岩崎一揆)し、忠親は二子城を拠点として南部氏と戦った。和賀勢は花巻城を急襲(花巻城の夜討ち)し、三の丸、二ノ丸を制圧して本丸に迫ったが、援軍を得た南部勢に敗れて二子城を放棄、和賀勢は拠点を岩崎城に移した。

参考資料
「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 3 岩手県』角川書店、1985年。ISBN 4040010302。...

二子城の口コミ情報

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