鳥海柵(とのみのさく)

鳥海柵の基本情報

通称・別名

弥三郎館

所在地

岩手県胆沢郡金ヶ崎町西根字鳥海

旧国名

陸中国

分類・構造

古代城柵

天守構造

なし

築城主

安倍宗任

築城年

平安時代後期

主な改修者

主な城主

安倍氏

廃城年

遺構

(発掘調査:掘立柱建物跡、竪穴建物跡)

指定文化財

国史跡(鳥海柵跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

胆沢城(岩手県奥州市)[2.2km]
水沢城(岩手県奥州市)[5.4km]
豊田館(岩手県奥州市)[6.7km]
折居館(岩手県奥州市)[10.6km]
岩崎城(岩手県北上市)[11.7km]
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人首城(岩手県奥州市)[17.9km]

鳥海柵の解説文

鳥海柵(とのみのさく)は、岩手県胆沢郡金ケ崎町にあった、前九年の役における、安倍氏十二柵のひとつ。

概要
胆沢川と黒沢川の沿岸に位置する。安倍宗任が柵主をつとめた。別名弥三郎館(やさぶろうたて)。規模は東西70m、南北80m。

『陸奥話記』に登場する柵のひとつ。胆沢城と卑近な距離にあった。難攻不落を誇っていたという。康平5年(1062年)9月11日、源氏・清原連合軍に攻められ落柵。

昭和47年、昭和50年と二度に渡り岩手県教育委員会により発掘調査が実施され、その結果建造物の橋脚や竪穴式住居が発掘され、また土師器や須恵器が出土した。

参考文献
青森・岩手・秋田の城郭(日本城郭大系・新人物往来社)

鳥海柵の口コミ情報

2020年09月10日 稀偉主 愛魔尊
鳥海柵

ただの原っぱでした。町のHPによると「ガイドマップ必携」とあり金ケ崎要害歴史館などで入手出来るようですが、これらの入館施設は県内在住者のみとコロナ禍の為、制限されています。尚、HPでガイドマップはダウンロード出来ます。

2019年08月26日 尾張守ひろっちぃ
鳥海柵

国道と自動車道両方に挟まれており事故には注意です。
建物や櫓は復元されておらず説明板からありし日の姿を思い浮かべるしかありませんが、非常に大きい遺跡であったことをうかがわせます。『陸奥話記』でここを落とした源頼義に「なかなか見ることができなかった鳥海柵に入ることができた」と言わせたほどの価値はあります。

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