河村城(かわむらじょう)

河村城の基本情報

通称・別名

戸張城、猫山城

所在地

神奈川県足柄上郡山北町字山北他

旧国名

相模国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

河村秀高

築城年

南北朝時代

主な改修者

主な城主

河村氏、大森氏、後北条氏

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪、横堀(空堀)、堀切、井戸

指定文化財

県史跡(河村城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

苅野丸山城(神奈川県南足柄市)[3.0km]
松田城(神奈川県足柄上郡)[4.5km]
足柄城(神奈川県南足柄市)[7.1km]
岩原城(神奈川県南足柄市)[7.5km]
中川城(神奈川県足柄上郡)[9.1km]

河村城の解説文

河村城(かわむらじょう)は、神奈川県の足柄上郡山北町にあった日本の城。

概要
平安時代末期に築城され、相模・甲斐・駿河三国の境界線が交差する要衝の近くに築かれた山城である。

歴史・沿革
河村城は平安時代末期に藤原秀郷の流れをくむ河村秀高によって築かれたとされる。

建武の新政・南北朝時代に入ると、河村氏は新田氏に協力し南朝方につき、北朝方の足利尊氏と対峙したといわれ、1352年(南朝:正平7年、北朝:文和元年)から2年間、河村秀国・河村秀経らは新田義興・脇屋義治とともこの城に立てこもり、畠山国清を主将とする足利尊氏軍の攻撃をしのいだとされる。しかし、南原の戦いで敗れ落城し河村一族の多くは討死し、新田義興・脇屋義治は中川城を経て甲州に逃れたとされる。

その後は、この城は畠山国清や関東管領上杉憲実を経て、足利持氏の属将、大森憲頼(氏頼の弟)の支配するところとなる。

戦国時代に入ると後北条氏の支配を受けるようになった。元亀年間(1570年(元亀元年) - 1573年(天正元年))には甲斐国の武田信玄の侵攻の際に補強され、その後、周辺の諸城とともに後北条氏と武田氏の間で争奪合戦があったとされる。

1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐で、この城は落城し廃城となった。

現在
河村城址歴史公園として整備されており、本丸やその他の郭、畝掘などの遺構が見られるが、一部の遺構は山林化して解りずらい。また整備が中途半端に放置していたり、土橋にコンクリートを用いている為景観を損ねている。

河村城の口コミ情報

あきおこ弾正大弼様[2017年09月11日]
JR山北駅南側に見える山が河村城のある城山です。駅近物件です。民家を通る山道の行き止まりに駐車場とトイレ、登城口があります。駐車場には5台前後は停められそうです。登城口から遊歩道を10分程歩くと目の前に大堀切が飛び込んできます。深い畝堀となっており北側(堀右)の郭上から全体が見渡せます。これだけでも感動ものです。南側に進むと薬研堀の畝堀があり北尾根の二重堀切を構成しかなり堅固です。東尾根の近藤郭と大庭郭間の堀切は超巨大で畝堀となっています。ただコンクリート土橋が作られ景観が台無しです。主郭西尾根郭群以外は草刈りされて整備されています。登城当日も雨の中、山北町シルバーセンターのおじいさん達が草刈りをしていました。少し話をさせていただきましたがみなさんとてもいい方ばかりで、とてもいい思い出になりました。城巡りはこのような人達に支えられているのですね。

旗印は武蔵守丸に桔梗様[2017年04月23日]
城友さんのアドバイスに従い城跡の東側から城攻めです。整地されている駐車スペースは二台分ですがあと10台位は停められます。近くにトイレがありますが出来立てみたいですっごーくキレイ‼感動もんです(笑)
城跡ですが、早くもアブやらが大きな羽音をたてて飛んでいます(汗)ご注意下さい。各郭は空堀で区切られており、障子堀、畝堀を駆使した北条の城です山中城ほど立派ではありませんが見応えはありますよ♪これからの季節は炎天下の暑さ対策と虫除けは十分にしてお出かけください。

まー蔵人頭様[2017年01月01日]
山北駅側の登城口を利用。登城口まで案内が出ているので迷いませんでした。行き止まりのところに2、3台駐車可。トイレ有り。階段は結構キツい。茶臼郭から行くと行き止まりのため戻る。お姫井戸から水が溢れ登城路は泥状態。畝堀や障子堀もあった。

尾張守だもんで様[2015年08月27日]
県道沿いに河村城入口と標識があり、車で迷わず登れました。駐車場は2台分ありますが、その近くにもスペースはあります。
夏場に行ったせいか、畝堀は草が生い茂っていて畝を認識するのが困難でした。城郭は整備され過ぎな印象です。遊歩道が舗装され、メインの二つの堀切の一つには木に似せた橋、畝堀の堀切にはコンクリート橋がかかっています。近藤郭には意味不明なものがあります。行く価値観は十分にあるので、ご自身で確認してみてください。

león伊豆守大途様[2015年02月19日]
アクセスはJR御殿場線山北駅から歩いて10分程、駐車場もありました。
遺構としては後北条氏特有の畝堀が良く残っており、山中城程の壮大さはありませんが見応えは充分です。

元亀二年(1571)発給の北条家朱印状に“河村・足柄之普請申付候”(戰國遺文後北条氏編1466号文書)とあり、この頃後北条氏分国に進攻を繰り返していた武田信玄に対する箱根足柄防衛線の一端として改修が行われた事が伺えます。畝堀もこの際の普請により整備されたものと思われます。

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