小机城(こづくえじょう)

小机城の基本情報

通称・別名

飯田城、根古屋城

所在地

神奈川県横浜市港北区小机町

旧国名

武蔵国

分類・構造

連郭式平山城

天守構造

築城主

上杉氏?

築城年

永享年間(1429〜1441)?

主な改修者

長尾氏、後北条氏

主な城主

上杉氏、長尾氏、笠原氏、後北条氏

廃城年

文明10年(1478)、天正18年(1590)

遺構

曲輪、帯曲輪、土塁、横堀(空堀)、堀切、櫓台、土橋

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

土井谷砦(神奈川県横浜市)[0.8km]
池辺陣屋(神奈川県横浜市)[2.5km]
茅ヶ崎城(神奈川県横浜市)[3.8km]
獅子ヶ谷城(神奈川県横浜市)[4.4km]
中田加賀守屋敷(神奈川県横浜市)[4.5km]

小机城の解説文

小机城(こづくえじょう)は、武蔵国橘樹郡小机郷(現在の神奈川県横浜市港北区小机町)にあった日本の城(平山城)。現在は小机城址市民の森として、城の遺構が整備されている。

歴史・沿革
戦国時代
小机城は、永享の乱(1438年 - 1439年)の頃に関東管領上杉氏によって築城されたとされるが、正確な築城年代は分かっていない。

この城が歴史に登場したのは、長尾景春の乱のうち1478年(文明10年)に起きた攻守戦である。山内上杉家の家宰であった長尾景春が、父の死後に家宰職を相続できなかったことに端を発し、主家に対する反乱を起こした。このとき景春の味方をした豊嶋氏が小机城に立てこもり、敵方の太田道灌が攻撃をした。この時、道灌は近くの集落の松の大木の下に腰掛け、「小机はまず手習いの初めにて、いろはにほへとちりぢりとなる」と歌を詠んで味方を鼓舞した。程なく、鶴見川対岸の亀の甲山に陣をとり、約2か月をかけて落城させたとされる。道灌が歌を詠んだ松は以後「硯松」と伝えられ、三度の植えなおしを経て現存(横浜市神奈川区羽沢町)する。

その後は廃城となったが、この地域が後北条氏の勢力下に入ると北条氏綱の手により修復され、家臣の笠原信為が城主として配置され、小机衆が組織された。笠原氏は、小机城を中心に付近の村に僧侶を招き寺を建立するなど城下の整備に力を注いだと見られ、江戸時代になってもその子孫は代々この地の付近に住んでいた。その後、城主は北条氏堯、北条氏政の弟三郎(上杉景虎ではないらしい)、北条氏光と替わっている。1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐の際には、無傷のまま落城した。その後、徳川家康の関東入府のときに廃城とされた。

近現代
城跡は地元の人々に「城山」と呼ばれ、1892年(明治25年)2月5日、橘樹郡小机村の九大字(下菅田、羽沢、三枚橋、小机、鳥山、片倉、神大寺、六角橋、岸根)は「小机」としていた村名を改め、城があった郷すなわち城郷(しろさと)村とすることを村議会で決定した。城郷村の名は以後、各集落が1927年(昭和2年)に横浜市に編入されるまで使われた。

2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(125番)に選定された。

現状
小机城の跡は小机城址市民の森として整備されているが、史跡指定等は一切されていない。城郭の主要な二つの郭とその間の細い郭は残されている。現在ニ郭とされている場所の一部では発掘調査が行われた。現在「本丸」とされている西側の郭では野球が行われたりしていて、遺構が徐々に傷んでいる。「本丸」の西側は第三京浜道路の建設の際に破壊された。また、この城跡の地下には横浜線の城山トンネルが貫通する。第三京浜道路を挟んだ郭の側には堀切の痕跡があるが、それより先の場所は宅地となり開発が進み遺構は確認できない。

主要な二つの郭のうちどちらが主郭であったかは不明である。現在の表示では、西側の郭を「本丸」としている。しかし、西村 (2010) は、東側の郭を主郭としている。

周辺...

小机城の口コミ情報

【下野国】陸前守智ぞう様[2017年04月24日]
高速道路で分断されてる、富士仙元の土塁もしっかりしてて、良かった。

あそこらへんももうちょい藪処理とかして見晴らしとか良くしてくれるともっと良いのだけどね

五瓜ニ唐花紋大納言や〜きみ様[2017年04月10日]
続百名城に選ばれましたね。
2017年1月に行きました。
縄張内にトイレはありました。
駐車場は近くにないです。
一番最寄のコインパーキングは線路沿い日産スタジアム方向にある病院か何かの近くにありましたが、説明は難しい位置です。
民家や畑が多くそのコインパーキングも初めてでは探すの困難かと。
車で行くなら催しの無い日に日産スタジアムのタイムズに停めて20分くらい歩いていくのがいいです。
あとは、電車で徒歩ですね。

雑賀様[2017年01月02日]
長尾景春の乱での太田道灌との争いや、 
北条一門での活躍でお馴染みの?小机衆の本拠地と興味惹かれる城址でしたが、
近隣に駐車場がないとの情報にためらっていました。
 
今回、駐車場から距離があろうと歩くつもりで向かいましたが…  
城址入口まで徒歩5分ほどの場所に、コインパーキングがありました。
 
小机駅から西側に位置する踏切脇です。
 
城址は、素晴らしい遺構が良好な状態で残っています。清々しい竹林も風情豊かで楽しめますし、公園として整備されているので、トイレやベンチも設置されています。
 
電車を利用される場合は、小机駅より徒歩15分程度です。

león伊豆守大途様[2015年02月20日]
周辺に駐車場は見当たらず、JR横浜線小机駅から歩きがベストかと。

後北条氏の支城制では小机領(“小田原衆所領役帳”によると、おおよそ現在の横浜市北部と川崎市)を管轄する城で、氏綱の代に江戸城を攻略するまでは扇谷・山内両上杉氏に対する全線基地として使用されたと思われます。城主は幻庵宗哲の一族・縁者である久野北条氏に任せられる事が多く、後北条氏にとって重要な拠点だった事が伺えます。

城跡の西が第三京浜道によって切断されているのが非常に残念ですが、堀切・土塁・帯曲輪等の遺構が良い状態で残っていました。
遺構の破壊と公園化等による消失が甚だしい首都圏の中世城趾ですが、ここは見応えがあると思います。

尾張守ひろっちぃ様[2014年07月21日]
人家の前の道を入った所に入り口がありわかりにくいです。
帰り道タヌキが住んでいるのか解りませんが一匹遭遇しました

傾奇揚げ仙兵衛様[2013年12月31日]
車掛の陣にて攻めるも駐車場なく難攻不落

ゲッコウゼロモナイト様[2013年01月13日]
縄張り土塁のレベルは高い。なんと、天守跡が少年野球のグランドに!

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