蠣崎城(かきざきじょう)

蠣崎城の基本情報

通称・別名

錦帯城、蛎崎城

所在地

青森県むつ市川内町蛎崎合野74-1(錦帯城公園)

旧国名

陸奥国

分類・構造

丘城

天守構造

築城主

武田信義

築城年

建武元年(1334)

主な改修者

主な城主

武田氏(南部氏家臣)

廃城年

遺構

曲輪

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

平舘台場(青森県東津軽郡)[20.9km]
蓬田城(青森県東津軽郡)[29.1km]
田名部城(青森県むつ市)[30.3km]
横浜館(青森県上北郡)[31.1km]
多宇末井館(青森県青森市)[31.2km]

蠣崎城の解説文

蠣崎城(かきざきじょう)は、青森県むつ市川内町蛎崎に所在した日本の城。別称「錦帯城」。

概要
男川の河口右岸、殿崎の北に位置し、陸奥湾の出入口を押さえる位置にあり、港湾施設や居館や寺社が設置されている水際から離れた、北側の小高い丘に面する。

特徴的なものとして、山と平地の中間部に東側と西側にそれぞれ居住区間を設けている。 現在は、蠣崎小学校の敷地を含む一帯である。

沿革
蠣崎城は中世の城で、建武元年(1334年)南部師行の蠣崎目代として配された武田修理太夫の居館で、以後5代120年間にわたり住した。五代蔵人信純の代に蠣崎氏を称したという。(東北太平記)

宝徳3年(1451年)蠣崎蔵人によって拡張工事が行われ、別名、錦帯城ともよばれた。

蠣崎の乱により、13代根城南部氏政経の追討を受け、康正3年(1457年)に陥落したのちに一族新田盛政を城代として南部氏の領地となった。

沿革
川内町史編さん委員会 『川内町史 原始・古代 中世 近世 編』 青森県下北郡川内町(現むつ市)、2005年3月13日。
「角川日本地名大辞典」編纂委員会 『角川日本地名大辞典 2 青森県』 角川書店、1985年12月1日。ISBN 4-04-001020-5。
(有)平凡社地方資料センター 『日本歴史地名大系 第2巻 青森県の地名』 平凡社、2002年6月。ISBN 4-582-91021-1。
岩手放送 『新版 岩手百科事典』 岩手放送株式会社、1988年10月15日。

蠣崎城の口コミ情報

征夷大将軍鍛治様[2010年06月09日]
国道338号線から錦帯城跡公園入口を入り、徒歩10分位です

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