尾張徳川氏屋敷(おわりとくがわしやしき)

尾張徳川氏屋敷の基本情報

通称・別名

尾張藩徳川家和田戸山下屋敷

所在地

東京都新宿区戸山(都立戸山公園)

旧国名

武蔵国

分類・構造

屋敷

天守構造

なし

築城主

徳川光友

築城年

元禄年間(1688〜1704)

主な改修者

主な城主

尾張藩徳川家

廃城年

明治6年(1873)

遺構

築山

指定文化財

再建造物

周辺の城

内藤氏屋敷(東京都新宿区)[2.0km]
牛込城(東京都新宿区)[2.1km]
御殿山城(東京都新宿区)[2.2km]
築土城(東京都新宿区)[2.3km]
切支丹屋敷(東京都文京区)[2.3km]

尾張徳川氏屋敷の解説文

尾張徳川氏屋敷は、江戸時代に尾張藩(徳川家)が現在の都立戸山公園一帯に拝領していた屋敷である。

尾張藩(徳川家)
尾張藩は徳川家康の九男義直に始まる家で、紀州藩・水戸藩と共に徳川御三家と称されていた。

その中でも尾張藩は、藩祖義直が紀州の十男頼宣、水戸の十一男頼房より年長であったこと、石高が最も多かった事から御三家筆頭として大名の最高位に位置していた。

歴史
この屋敷は136,000坪と言われる広大な敷地を誇り、回遊式庭園として整備され、小石川にある水戸家の後楽園と並ぶ名園と言われた。

だが、その後何度かの火災や水害に遭い、荒廃していったものの復興はされなかった。

明治に入ると新政府に明け渡され、まずは親兵の駐屯地となり、明治6年(1873)に陸軍戸山学校が開かれ、以後、太平洋戦争の終結まで軍事利用された。

戦後には戸山ハイツという団地や文教施設、戸山公園などが整備され、今に至っている。

尾張徳川氏屋敷の口コミ情報

我流尾張守クール様[2017年03月25日]
山手線沿線のリアル攻め
新大久保駅(最寄り駅ではありません)からゆっくり歩いて30分程度。コリアンタウンを抜けて緩やかなアップダウンを経て、戸山公園を目指します。都営団地内の丘陵公園、箱根山一帯がかつての大名屋敷跡です。
「きっと宗春公も来たのかなぁ」と思いを馳せながらぐるりと廻りました。
当地は尾張下屋敷でかつては軍事施設、現公園、上屋敷は現防衛省、中屋敷は紀尾井坂で現上智大学、蔵屋敷は現築地市場らしいです。尾張に限らず下屋敷は江戸城から遠く、別邸扱いで天災時の避難先としても価値があった模様です。

左衛門尉三八五守様[2014年04月15日]
尾張徳川氏屋敷跡の都立戸山公園では、毎年10月の連休に小笠原流の流鏑馬が披露されます。
公園内に馬場を造り、疾走する馬上から次々と的を射る光景は圧巻です。

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