中条氏館(ちゅうじょうしやかた)

中条氏館の基本情報

通称・別名

所在地

埼玉県熊谷市上中条1160

旧国名

武蔵国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

中条常光

築城年

長承元年(1132)

主な改修者

主な城主

中条氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)、横堀(水堀)

指定文化財

県史跡(中条氏館跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

成田氏館(埼玉県熊谷市)[3.0km]
赤岩城(群馬県邑楽郡)[4.1km]
皿尾城(埼玉県行田市)[5.3km]
別府城(埼玉県熊谷市)[5.7km]
忍城(埼玉県行田市)[6.5km]

中条氏館の解説文

平安時代末期、藤原氏から出た常光は中条の地に館を構えて中条氏を名乗りました。

常光の孫の家長は鎌倉幕府の評定衆となり貞永式目の制定に加わりました。常光院は建久3年(1192)、家長が祖父の菩提をとむら弔うため、館の一部を寺としたもので、現在も土塁・堀の一部が残っています。

(JR熊谷駅から国際バス(葛和田行き)20分、中条学校バス停に下車し徒歩5分)

情報提供:熊谷市教育委員会

中条氏館の口コミ情報

殺三千世界鴉⚡️晋作様[2016年08月10日]
藤原常光が土着、中条氏を名乗る。孫の家長は源平期の武士であり、鎌倉初期の優れた政治家であった。

家長の同時代、この近辺は隣から隣へ源平期の武士の所領であった。

同じ熊谷市には、のちの忍城主に繋がる成田氏や熊谷直実・直家父子。
行田市には河原高直・盛直兄弟。
吉見町や北本市には源範頼。
加須市の戸崎国延、高柳行元、葛浜行平、道智次郎、常陸に土着する以前の多賀谷氏。
鴻巣市には笠原頼直・親景兄弟、奴加田氏など。

子孫は三河国地頭職として賀茂郡挙母郷(愛知県豊田市)に土着し、室町幕府奉公衆となるが、戦国時代には被官の三宅氏や鈴木氏が独立。そこに岡崎の松平元康が絡んでくる。
あの有名な紙本著色織田信長像を所蔵する長興寺は三河中条氏の菩提寺でもある。

一方、この地に留まった中条氏からは、戦国時代の景定が後北条氏に仕えて小田原征伐で籠城したことにより没落、廃城。

まー宮内卿様[2015年08月09日]
熊谷厄除け大師の常光院が館の1/3を占めている。駐車場は常光院から100mほどに専用駐車場有り。入口にある堀と土塁が残る。中条氏の祖の墓もあるが蚊が音を立てて近寄ってきます。

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