加納城(かのうじょう)

加納城の基本情報

通称・別名

所在地

埼玉県桶川市加納

旧国名

武蔵国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

本木氏?

築城年

室町時代

主な改修者

主な城主

本木氏?

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

菖蒲城(埼玉県久喜市)[4.5km]
井沼館(埼玉県蓮田市)[5.4km]
三ツ木城(埼玉県桶川市)[5.7km]
石戸城(埼玉県北本市)[6.0km]
種垂城(埼玉県加須市)[6.2km]
源経基館(埼玉県鴻巣市)[7.0km]
伊奈城(埼玉県北足立郡)[7.9km]
騎西城(埼玉県加須市)[8.9km]
箕田館(埼玉県鴻巣市)[9.9km]
足利政氏館(埼玉県久喜市)[10.4km]

加納城の口コミ情報

2026年01月13日 マグロ常陸介祐平
倉田孫四郎館[加納城  周辺城郭]



風土記稿によると、法恩寺の年譜に文治2年に(1186年)児玉惟行の弟で、越生家行の叔父にあたる倉田孫四郎基行が事情があって倉田村に隠棲したとあり、近くの倉田氷川神社の由緒には、倉田の地内には南北約80m、東西約150mの平林地の中に空堀をめぐらした館跡があり、倉田孫四郎の館跡と伝えているとしています。見えませんでしたが、館跡の北西には孫四郎の氏神とされる神明社があるようです。すぐ近くに立派な三仏堂が建ちますが、元文年間(1736-1741年)に移されたもので、倉田氏とは関係ないようです。

館跡とされる雑木林は、南側は住宅が並び、西側は工事中、北側と東側は畑となっており、立ち入ることは出来ませんでした。雑木林の中には薄い空堀が残っているようです。

2026年01月12日 マグロ常陸介祐平
伝・足立遠元館[加納城  周辺城郭]



足立遠元の館の4つある伝承地のひとつで、新編武蔵風土記稿の桶川宿の項で、旧蹟 屋敷蹟として取り上げられています。このる伝承地の内2ヶ所が桶川市内で、三ツ木城(登録城)と諏訪雷電神社付近、残る1ヶ所はさいたま市西区植田谷本内となっています。

足立遠元は、藤原北家の魚名流とも勧修寺流とされ、父の藤原遠兼は近衛府の舎人から武蔵国府の役人として下向、豊島康家の娘と結婚し生まれたのが遠元です。遠元は、豊島氏を通して足立郡司となり、足立を姓としています。

平治の乱では源義朝につき、治承・寿永の乱ではいち早く頼朝につき、東国の武士としては最初に足立郡の本領を安堵されていますいます。頼朝の死後、十三人の合議制のひとりとなったことは、大河ドラマを見ていたら記憶に新しいと思います。遠元の死後、足立郡司は北条一門に移り、足立郡に土着した足立氏は支配下となったと推測されるようです。霜月騒動で安達泰盛についた嫡系の曾孫足立左衛門尉直元は自害し、武蔵における嫡流は途絶えたようです。足立郡内には支流が土着し、河田谷(桶川市川田谷)、淵江田(足立区淵江)、安須吉(上尾市畔吉)、平柳(川口市)が見られるようです。また、遠元の孫遠政は丹波佐治庄の地頭となり戦国期まで継続、信長の丹波攻めにより居城の山垣城は、明智光秀らにより落城しています。

風土記稿の書かれた江戸時代後期には、武器や陶器が掘り出された伝承はあるものの、林となり文字のない石の祠がある状態だったようで、遺構は残っていません。昭和の中頃まであったとされる、文化年間に桶川宿本陣の府川義重が再建した石祠も無くなってしまったようです。現在、総合福祉センターの敷地内に立派な石碑と小さな説明板があるのみとなっていますが、旧跡として桶川市の文化財に指定されています。

2025年02月14日 ᴿᴱᴰ副将軍
加納城



鴻巣七騎のひとつに数えられる本木氏の居城と云われる城跡

オススメ度 ★★⭐︎⭐︎⭐︎

築城年代や築城主等の城史は不詳。在地土豪により室町時代に築かれた中世城郭とされ、一説には岩槻城の太田氏家臣である本木氏により築かれたとも云われます。
本木氏は鴻巣七騎のひとつに数えられ、1590年の豊臣秀吉による小田原征伐においては北条氏に付き、北条氏が滅亡すると帰農したと云われます。

見所
赤堀川の低湿地に築かれており、昭和40年代の宅地開発により遺構の大半は消失。住宅地の中に土塁が一部残り、城跡碑と案内板が立っています。
往時は、出丸を持つ方形の内郭に外郭が取り囲む環郭式平城であり、残存土塁は内郭の一部です。

2024年01月14日 マグロ常陸介祐平
内藤氏陣屋[加納城  周辺城郭]



徳川家康十六神将の一人、内藤正成が築いた大身旗本の陣屋です。一度改易になったようですが、外孫が引き継ぎ、幕末まで存続したようです。(当主ら内藤氏は江戸在住)
敷地は小学校となっていますが、校庭南西の角部分に土塁の痕跡のような土盛りが見られます。
また、裏門は菖蒲城址に移築されています(写真5,6枚目)。

歴代の墓は、近くの善宗寺にあります(写真7,8枚目)。

2023年12月26日 マグロ常陸介祐平
春日氏館[加納城  周辺城郭]



Googleマップで桂全寺に春日氏館として位置登録されていますが、全集では春日山館の名称となっています。
城主は岩槻太田氏の家臣春日氏です。春日氏は北条氏滅亡後も上級旗本として存続しています。

風土記稿に春日景定の陣屋跡として紹介されていますが、桂全寺とは別の場所と認識されているようで、19世紀前半時点で村民居住地となっていたようです。

本堂脇に土塁状の土盛り(写真2.3枚目)が見られますが、お寺の方曰く「伝承がないのでよくわかっていない、館とは関連がないと思う」とのことでした。

桂全寺は春日氏の菩提寺で、春日氏の墓は町の文化財に指定されています。

2023年01月06日 Hoshi
加納城

城址団地になっています。カーナビで住宅の前に到着。車停められない、と思いきや、近所の人に聞いたら、ちょっとくらい大丈夫とのこと。着いたところから奥に歩って行くと、草ぼうぼうの空き地に土塁がちょっとだけあります。

2022年11月06日 Marky武蔵守
伝・足立遠元館[加納城  周辺城郭]

鎌倉殿の13人の1人である足立遠元の館の伝承地の1つです。桶川市総合福祉センターの入口の右脇に石碑があります。かつて堀が残っていたようですが、宅地化で消滅したそうです。

2022年02月27日 マグロ常陸介祐平
加納城



「城址団地」の一画土塁と空堀が残ります。城主は元シブがき隊もっくんのご先祖さまのようです。桶川べに花ふるさと館が帰農後の屋敷のようですが、立派な御屋敷です。桶川歴史民俗資料館では、加納城のジオラマが見られます。

2020年01月28日 Nerikyu
加納城

(説明板)
加納城は、赤堀川の低湿地を防御に利用した中世の平城です。
発掘調査の結果から、戦国期を下限とする室町時代(13〜16世紀頃)に存続した城と考えられています。
平面形は出丸をもつ方形の内郭と、それを取り囲む外郭で構成されています。内郭の面積は11,400㎡で、外郭を含めると43,000㎡に及びます。
この城の来歴や城主は不明ですが、岩槻太田氏の支配下にあった「鴻巣七騎」と呼ばれた土豪のひとりである本木氏であると推定されています。
昭和30年代後半までは約43,000㎡の縄張り内に土塁や堀をよく残しており、中世当時の城郭の様子を留めていました。しかしながら、昭和40年代の住宅団地造成により、その遺構の大部分を失ってしまいました。現在は、内郭土塁と堀のごく一部を残すのみとなっています。
現在の住宅団地(城跡団地)がある範囲が、城の内郭部分と外郭の一部に該当しています。外堀のあった部分は、現在は道路となっており、当時の城郭形状をしのぶことができます。城郭南西隅にあった外堀の「おりひずみ」も、現在の道路形状に見ることができます。(桶川市教育委員会)

2017年12月31日 まー刑部卿
加納城

訂正。
川越市から菖蒲町に向かっていくなかで県道12号と県道311号が交わる交差点の次の交差点で左折しすぐ右折でした。

2017年12月31日 まー刑部卿
加納城

県道12号から県道311号に左折しすぐ右折し直進すると左手に大きなアンテナがありその真下に小さい石碑有り。その奥に土塁や空堀の跡があり現地説明板もあり。その先の三角公園内にも説明板があります。外郭のおりひずみは現地での案内はわからずネットで調べてみたら城跡団地コミニュティ会館側じゃなかった。県道311号側とのこと。

2016年03月01日 永眠武蔵守釋 葱進
加納城

この付近は「城跡団地」という名の住宅団地と化してますが、その一角に土塁や堀が遺されています。
現在は土塁そばにも案内解説板が設置されており、駐車場もあります。

住宅開発や圏央道開通で再開発が進む中、一部とはいえよくぞ残ったなと思えますし、桶川市が新たに解説板や石碑を作成するなど今後も遺していくという思いが感じられました。

2010年06月24日 ぎっちゃん
加納城

住宅地の中の小さな公園に案内板あり。土塁が残存していますが、民家裏でわかりずらいかも…
桶川市郷土資料館?に加納城の復元模型が展示されていますよ

加納城の周辺スポット情報

 土塁と堀(遺構・復元物)

 加納城跡碑(碑・説明板)

 加納城跡説明板(碑・説明板)

 加納城説明板(碑・説明板)

 内藤氏陣屋(周辺城郭)

 伝・足立遠元館(周辺城郭)

 春日氏館(周辺城郭)

 栢間氏館(周辺城郭)

 倉田孫四郎館(周辺城郭)

 上手館(周辺城郭)

 後谷遺跡(寺社・史跡)

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