伊勢崎陣屋(いせさきじんや)

伊勢崎陣屋の基本情報

通称・別名

伊勢崎城

所在地

群馬県伊勢崎市曲輪町28

旧国名

上野国

分類・構造

陣屋

天守構造

なし

築城主

稲垣長茂

築城年

慶長6年(1601)

主な改修者

主な城主

稲垣氏、酒井氏

廃城年

遺構

移築陣屋門(同聚院の武家門)

指定文化財

市重要文化財(同聚院の武家門)

再建造物

周辺の城

那波城(群馬県伊勢崎市)[3.6km]
今村城(群馬県伊勢崎市)[4.4km]
久永氏陣屋(群馬県伊勢崎市)[5.3km]
赤堀城(群馬県伊勢崎市)[7.0km]
金窪城(埼玉県児玉郡)[7.7km]

伊勢崎陣屋の解説文

伊勢崎陣屋(いせさきじんや)は、群馬県伊勢崎市にあった陣屋。伊勢崎藩の藩庁が置かれた。

概要
慶長6年(1601年)、当地に封じられた譜代大名稲垣長茂により伊勢崎藩の藩庁として築かれた。稲垣氏は2代藩主重綱の代に転封となり、替わって酒井忠世が封じられたが、忠世が本家前橋藩を継いだため、一時期伊勢崎藩は廃藩となり陣屋も廃止された。その後60年余りして2万石を分けられた酒井忠寛が入り、本家の転封により播磨姫路藩の分家として陣屋が再建された。以降江戸時代末まで維持され、9代忠彰(ただあき)の時、明治維新を迎えた。

現在陣屋敷地は市立北小学校となっている。

遺構
同衆院武家門は稲垣長茂が藩主となった時の陣屋門とされ、市の重要文化財に指定されている。

伊勢崎市の重要文化財に指定されている森村家内に、陣屋東端建物の脇口が主屋式台として、陣屋西端の藩主居住部が主屋西側の新座敷として、それぞれ移築され現存する。

伊勢崎陣屋の口コミ情報

イダッチ内膳正ヨッチャン様[2015年10月11日]
同衆院に移築されている、武家門は現在移設改修中です。姿を見る事は出来ます。

牢屋見廻り同心マダオ様[2015年01月27日]
天増寺は伊勢崎藩主稲垣氏の菩提寺で歴代の墓があります。現在も子孫の方々によって供養されております。

稲垣長茂は慶長六年(1601)に伊勢崎一万石の大名となった人で、入部すると伊勢崎城を中心に城下町としての町屋や、形成や、領内の検地を行い、新田開発に努めました。
また、下植木の地(現在の昭和町)に天増寺を建立して菩提寺と定め、その後、慶長十七年に没すると墓を天増寺に営みました。現在「天増寺殿快厳当慶居士」と法名を刻した宝篋印塔が墓地のほぼ正面に建っています。また、長茂の没後は嫡子の重綱が家督を相続し、元和二年(1616)に越後国藤井二万石の城主として国替となりましたが、その後、稲垣家代々の当主は墓を天増寺に営みました。

イダッチ内膳正ヨッチャン様[2013年12月21日]
土塁や堀などの遺構はありません。しかし北小学校の周りの道は曲がりくねっており、かつての堀や登城口を感じさせます。
移築されている門は、道路沿いにあるので、いつでも見学できますが、書院等が移築されている旧森村家は、第一、第三日曜日の日中のみ見学可能です。普段は立派な門が閉ざされており、外観も満足に見ることが出来ません。
知らずに訪問して悔しい思いをしました。
陣屋と旧森村家は数キロ離れており場所もやや分かりにくい所にあります。

杉並犬武蔵守様[2011年08月02日]
現在は市立北小学校など。遺構は殆ど残ってません。

ばっち上野介こーい様[2011年08月01日]
今は図書館などになっていて、遺構はほとんどない

「発見!ニッポン城めぐり」を始めるには?

「発見!ニッポン城めぐり」は、iPhone・Androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「発見!ニッポン城めぐり」 発見!ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore