知覧城(ちらんじょう)

知覧城の基本情報

通称・別名

所在地

鹿児島県南九州市知覧町永里知覧城内

旧国名

薩摩国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

知覧忠信

築城年

平安時代後期

主な改修者

主な城主

知覧氏、島津氏、伊集院氏、佐多氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀

指定文化財

国史跡(知覧城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

平山城(鹿児島県南九州市)[5.1km]
給黎城(鹿児島県鹿児島市)[8.8km]
加世田城(鹿児島県南さつま市)[12.8km]
桜之城(鹿児島県枕崎市)[16.8km]
頴娃城(鹿児島県南九州市)[17.5km]

知覧城の解説文

知覧城(ちらんじょう)は、鹿児島県南九州市知覧町永里にある日本の城(中世山城)。国の史跡。

沿革
初めてここに城を構えたのは平安時代末期の頃の郡司・知覧忠信と言われる。室町時代、足利尊氏の下文によって島津忠宗の三男・佐多忠光がこの地の領主となった。その後、島津氏の内訌に伴い一時伊集院頼久一族の配下となったが、1420年(応永27年)、島津久豊が伊集院一族からこの城を取り返し、再び佐多氏の居城となった。その後、文禄検地等で多少の異動はあったものの、佐多氏は幕末まで知覧領主であった。しかし、11代当主・佐多久達の時に知覧城は原因不明の出火で炎上し、一国一城令発令前に知覧城は実質上廃城となった。

2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(198番)に選定された。

遺構・遺物
上記のように火災のために当時の建造物は全く残っていない。そのかわり、その後ほとんど手が入れられなかったため南九州中世城郭の典型例を残している。

シラス台地を利用した南北800メートル、東西900メートル、面積45万平方メートルという壮大な城郭で、大きな谷を空堀として利用し、本丸以外の曲輪は二重の深い空堀で更に囲まれていた。中核となる「本丸」の他「今城」「蔵の城」「弓場城」などの曲輪と「式部殿城」「児城」「東之栫」「西之栫」「南之栫」「伊豆殿屋敷」等の出城から成り立っていた。

近年の発掘作業で15世紀-16世紀の中国陶磁や洪武通宝、東南アジアで生産された陶器が出土した。

知覧城の口コミ情報

大山祇武蔵守明希様[2017年09月04日]
知覧武家屋敷のとなりに、知覧城の支城である亀甲城があります。麓川をやびつ橋(かわいい眼鏡橋)に向かっていくと、細い階段があるので登っていった先に曲輪などが見ることができます。武家屋敷の賑わいと対照的な場所です。(笑)

五瓜ニ唐花紋内大臣や〜きみ様[2017年05月08日]
車で行かないと辿り着くのは厳しいお城ですね。
駐車場はあります。
遺構はあります。

尚、観光としては離れた場所にある知覧の武家屋敷群が観光地化されてます。
こちらも駐車場あります。
こちらは石垣で綺麗に整備された武家屋敷群で一般人にも見ごたえある場所です。

よも様[2017年05月03日]
知覧武家屋敷の口コミになってしまいますが、武家屋敷通りの1本隣の道路(県道23号線)脇にものすごくキレイな水路があり、鯉やウグイ?が泳いでいます。鯉は鹿児島水産高校の生徒さんが卵から育てたそうです。道路沿いにあるお茶屋で鯉のエサ(100円)が買えます。駐車場は無料(北側)と有料があります。

常陸入道ねんさい和泉守様[2014年05月29日]

城跡を東西に車道が縦断していて、途中に広い駐車場がある。トイレ水道は付近になかった。
城跡は整備されているが問題なく見学できるのは本丸 、今城、弓場城 、蔵之城の周辺である。
あとの曲輪は間近からの見学は難しそうである。

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