長野城(ながのじょう)

長野城の基本情報

通称・別名

所在地

熊本県阿蘇郡南阿蘇村長野

旧国名

肥後国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

長野氏

築城年

戦国時代

主な改修者

主な城主

長野氏(阿蘇氏家臣)

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

周辺の城

玉岡城(熊本県菊池郡)[12.6km]
内牧城(熊本県阿蘇市)[12.9km]
市成城(熊本県菊池市)[17.6km]
岩尾城(熊本県上益城郡)[20.0km]
木山城(熊本県上益城郡)[20.2km]
竹迫城(熊本県合志市)[21.4km]
長嶺城(熊本県熊本市)[21.8km]
菊之城(熊本県菊池市)[23.2km]
隈府城(熊本県菊池市)[23.5km]
愛藤寺城(熊本県上益城郡)[24.3km]

長野城の解説文



長野城(ながのじょう)は熊本県に存在した中世の平山城。現在の熊本県阿蘇郡南阿蘇村長野にあった。

阿蘇氏家臣の長野氏が城主を務め、天正13年(1585年)に島津義弘が来攻した際、城主の長野惟久は南郷城に入って戦死した。現在、城跡には阿蘇長野神社のほか畑や竹林があり、城の遺構は残っていない。また、付近の字北畠には長野惟久の墓と伝えられる五輪塔がある。

参考文献 

  • 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典(43.熊本県)』、角川書店、1987年

長野城の口コミ情報

2022年06月14日 龍馬備中守【】
参勤交代の道(豊後街道)[長野城  遺構・復元物]



熊本県の阿蘇市にある【参勤交代の石畳(豊後街道)】この豊後街道は肥後国は熊本から豊後国の鶴崎を結ぶ124kmの街道です♪加藤清正によって拓かれています♪
江戸時代には熊本藩や岡藩の参勤交代に用いられました♪

起点は熊本城の札の辻になっていて街道は大津町から二重峠を超えて阿蘇内牧へと至ります☆この豊後街道は白丹→久住→境川→古屋敷→四ツ口→追分→上野→神堤→今市→野津原→木上→八幡田→津守→萩原を経て鶴崎に至る街道です♪

江戸時代の街道は商人による物資の輸送、遊学、寺社参拝などの旅人の通行路になったのは勿論、大名の参勤交代や幕府の巡検使の諸国視察などに使用されました♪
肥後・細川藩の場所は少ない時で600人、多い時で2700人の大名行列で闊歩しています♪

この坂の下から二重峠を越えるこの場所は難所となる為に、足に優しく石畳が敷かれました♪

2021年11月06日 もっこす肥後守
長野城



今は神社になっています。裏は竹藪になっていて手入れされていません。熊本地震で倒れて折れた鳥居の柱を残してあります。震源地近くに住んでいた当時を思い出しました。

2021年11月06日 もっこす肥後守
高森城[長野城  周辺城郭]



トンネル入口に石碑がありますが、ここから山には登れません。ちょうどカーブの裏に駐車スペースがあり、フェンスの切れ目から山には入れますが、登れないと思います。調べた結果遺構も残ってないらしく、退散でした。

2021年05月31日 鍬田縫殿允憲治
高森城[長野城  周辺城郭]

高森町方面からトンネル抜けて、すぐ右側に石碑あり

2017年12月26日 カーネル
川上城[長野城  周辺城郭]

webで調べても情報がなかったので、アプリの本丸マークを目指すことに。野尻川上神社の南東から、803.6のピークに向かって東に延びる林道からアプローチしました。林道の開始点のすぐ北に石碑があり、そこに路駐。

舗装された林道を登ると、次第に道が荒れ始め、舗装路が土の道になったところで、左方に尾根に続く道があるのでここから山に入る。尾根までは道は明瞭です。尾根は道がありませんが、なだらかで歩きやすい。

尾根は803.6のピーク直下の大岩にぶつかり、これを登るのは困難なので、ピークを左にみて尾根に平行に北へ進む。正面には、804のピークから東に延びる尾根に突撃してしまった。ここは左に向きをかえて尾根に向かうと、踏み跡があります。

尾根を西に進み、小さな堀を超えると写真で投稿した大きな堀にあたる。この先も絶望的に笹で埋め尽くされているので、南側斜面から頂上に向かう。頂上には謎の石碑が倒れていました。とにかく笹と雪がすごく、心が折れ散策せずに撤退しました。帰りは堀に沿って降りたら藪こぎせずに済みました。往復で1時間ちょいです。

2017年10月07日 立花左近将監統虎
高森城[長野城  周辺城郭]

高森城趾の石碑は国道265号線沿いにあります。石碑前にかろうじて停車スペースありますが、出入り口はカーブとトンネルで死角になるため運転には注意が必要です。

近くの九十九曲高森自然公園から高森峠を抜ける途中に南郷平野を見渡せる展望所があります。

2017年04月29日 まー刑部卿
長野城

先人の云う木の柱とは標柱のことで一度道路に出て神社裏手に歩いて行くとガードレールが邪魔して撮りづらいですがあります。また評論家の細川隆一郎氏の書いた立派な石碑の隣にひっそりと建つ城趾石碑がある。裏に『天正十二年十二月十一日』に落城したことが書かれている。駐車場及びトイレ有り。鳥居や灯篭が崩れているため気をつけて下さい。

2013年01月09日 タンスに権大納言速水右近
長野城

神社の裏に説明板と長野城跡の木の柱がある。

2012年06月10日 筑後守もんど
長野城

遺構はわかりません。
印が有るところは神社になってます。
神楽殿があり、そこに駐車場がありました。

長野城の周辺スポット情報

 参勤交代の道(豊後街道)(遺構・復元物)

 長野城跡石碑(碑・説明板)

 川上城(周辺城郭)

 高森城(周辺城郭)

 吉田城(周辺城郭)

 高森殿の杉(その他)

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