玉岡城(たまおかじょう)

玉岡城の基本情報

通称・別名

若宮城

所在地

熊本県菊池郡大津町陣内字玉岡

旧国名

肥後国

分類・構造

丘城

天守構造

築城主

稲葉安芸守

築城年

元亀・天正年間(1570〜1592)

主な改修者

主な城主

稲葉氏

廃城年

遺構

曲輪、堀切

指定文化財

再建造物

碑、説明板

周辺の城

竹迫城(熊本県合志市)[9.3km]
木山城(熊本県上益城郡)[10.2km]
長野城(熊本県阿蘇郡)[12.6km]
菊之城(熊本県菊池市)[13.9km]
須屋城(熊本県合志市)[14.3km]

玉岡城の解説文

※この城郭は2019年4月6日に名称と位置が変更となりました。

玉岡城(たまおかじょう)は熊本県菊池郡大津町陣内にあった城である。

遺構
白川の北側、北東から南西に向かって伸びる比高約10mの独立丘陵に位置する。

「狩の尾羽根」「狩の番」と呼ばれる場所から裾部に向かって丘陵全体に階段状の平坦地が重なっており(『大系』、『週日』)、かつて曲輪が形成されていた痕跡とも考えられるが、今はその大部分が耕作地となっており旧状を知ることは難しい。

丘陵の南西部には堀切の名残りとされる切通しが残り、その西側には「葉山」と呼ばれる出丸が残存する(『大サ』)。また、白川に面する南側は絶壁をなし天然の要害となっている。

現在、白川と丘陵との間を通る道路沿いに城跡を示す城址碑と説明板が建てられており、その脇の階段を上った先には、玉岡城の別名「若宮城」の由来となっている若宮神社が建っている。

歴史
元亀・天正年間(1570~1592)の頃、合志(こうし)氏の家臣であった稲葉安芸守・因幡守親子が居城していたと伝わる(『大サ』)。

稲葉氏は代々この地を領有していたとされることから、築城年代はさらに遡る可能性がある。

昭和初期の地元の郷土史家・児島貞熊氏は『陣内志談』の中で、“合志郡の中では最強の防衛陣地”、“合志郡の中では並ぶもののない名城”と評している(『大サ』)。

交通
JR豊肥本線肥後大津駅から車で約15分

参考文献
『大系』:『日本城郭大系 第18巻』新人物往来社、1980年。
『週日』:『週刊日本の城』デアゴスティーニ・ジャパン、2013年。
『大サ』:大津町公式サイト(https://www.town.ozu.kumamoto.jp/)。

玉岡城の口コミ情報

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