安芸城(あきじょう)

安芸城の基本情報

通称・別名

安芸(安喜)土居

所在地

高知県安芸市土居字土居

旧国名

土佐国

分類・構造

梯郭式平山城

天守構造

不明

築城主

安芸親氏

築城年

延慶2年(1309)

主な改修者

五藤為重

主な城主

安芸氏、香宗我部親泰(長宗我部氏家臣)、五藤氏

廃城年

明治時代前期

遺構

曲輪、石垣、土塁、堀切、井戸

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

安田城(高知県安芸郡)[11.1km]
東川別役城(高知県香南市)[13.2km]
姫倉城(高知県香南市)[15.8km]
香宗我部城(高知県香南市)[18.1km]
楮谷城(高知県香美市)[21.9km]
楠目城(高知県香美市)[22.2km]
吉田城(高知県南国市)[27.3km]
介良城(高知県高知市)[27.9km]
岡豊城(高知県南国市)[28.2km]
佐喜浜城(高知県室戸市)[29.9km]

安芸城の解説文



安芸城(あきじょう)は、高知県安芸市土居に存在した日本の城(平山城)。江戸時代には土佐藩山内家家老の五藤家が居住し、安芸(安喜)土居として存続した。安芸市指定史跡[1]

概要 

城は安芸平野のほぼ中央に位置し、小高い丘に、小詰めの段(本丸)が置かれ南側の平野部に曲輪が配された梯郭式の平山城である。城の東側には安芸川、西側には安芸川支流の矢の川が流れている。南側には溝辺の堀、北側には城ヶ淵があり、それらが天然の堀となっていた。また、さらに城の周囲に内堀を構え、堀を造成した際に出た土を掻き上げて土塁とした。

現在、城跡に安芸市立の歴史民俗資料館と書道美術館がある。

歴史 

鎌倉時代末期の延慶2年(1309年)安芸親氏がこの地に城を構えたと伝えられている。以後、安芸氏の居城となった。安芸氏は土佐国東部の安芸郡を支配し、戦国時代には勢力を伸張し土佐七雄の一人となった。

安芸国虎の時代になり、西部に隣接する長宗我部元親との対立が繰り返され、元親の居城である岡豊城をしばしば攻撃した。永禄12年(1569年)7月、国虎は妻の兄である土佐国西部を支配する一条兼定と結び、八流の戦い(八流崩れ)と呼ばれる長宗我部氏討伐の合戦を起こした。しかし、総崩れとなり逆に安芸城を攻められる結果となった。安芸城での籠城は24日間に及んだが、やがて食糧も尽き、長宗我部側に内通した横山民部が井戸に毒を入れ倒れるものが続出したこともあり、城内の士気は著しく低下した。落城を覚悟した国虎は自害を条件に元親に残存する兵士と領民の助命を願い出た。8月11日、国虎は菩提寺の浄貞寺に入り自決し安芸城は落城した。

落城後は元親の弟香宗我部親泰が安芸城に入城し、阿波進攻の拠点となった。長宗我部氏は「安芸」を「安喜」と改め、明治時代初期までこの字が当てられた。元親の死後、家督を継いだ長宗我部盛親は関ヶ原の戦いにおいて西軍に所属したため改易となった。

江戸時代になり山内氏が土佐一国を与えられると、重臣の五藤為重に1,100石を与え安喜郡周辺に配した。為重は居留地として安喜城を選んだが、元和元年(1615年)の一国一城令により城ではなく「土居」と称した。すでに存在していた内堀と土塁の内側に屋敷を構え、石垣を築いて枡形と櫓門を整備し、土塁の上に塀を築くなどの改修を行った。以後、明治時代に至るまで「安芸(安喜)土居」として五藤氏が居住した。土居の周囲には家臣団の武家屋敷が整えられ、現在も土居廓中として現存している。

参考文献 

  • 【書籍】「定本 日本城郭事典」

安芸城の口コミ情報

2022年09月25日 戸沢夜叉九郎正樹
安芸城



安芸駅からタクシーで約7、8分、徒歩だと約30分ぐらいで着きます。
城の入口付近は石垣と水堀が残っていて、この部分は山内氏家老の五藤氏が支配した御土居時代の遺構になり、城内に安芸氏時代の古城である丘があり、約5分で頂上の本丸に到着します。
又、城内にある歴史博物館には、安芸氏、五藤氏と、岩崎弥太郎の展示があります。

2022年08月13日 山田左京大夫元久
安芸城



本丸までは8分ぐらいで登れます❗️駐車場は少しあります。

2022年03月10日 高森内蔵頭権平
安芸城

安芸市立歴史民俗資料館の前の小高い丘が安芸城址。やや急な登城道を登ると、直ぐに虎口が現れる。天守跡は余り広くないが、眼下に土居廊中の町並みが望める。土居廊中は、竹垣に囲まれた家並みが整然と立ち並び、ゆっくりとした気分にさせてくれる。
近くには、書道美術館のほか、三菱の創始者・岩崎弥太郎の生家もある。

2022年02月15日 坂の上の蜘蛛
安芸城



山城を歩くために、それに適した新しいハイキングシューズを買ったので、履き慣らしに来ましたが、きちんと整備されてるので普通の運動靴でも大丈夫ですよ。

2021年12月10日 やまてつ伊予守
安芸城



安芸民俗資料館の駐車場は近くてよいのですが、台数が少ないので注意が必要です。今の時期は落ち葉が多いので、足元注意!

2021年11月13日 つか征夷大将軍
堀切・竪堀[安芸城  遺構・復元物]



少し植物が生い茂っていて分かりにくいですが北ノ段の北側にあります。竪堀から麓までロープで降りられます。

2021年11月12日 つか征夷大将軍
土居廓中武家屋敷[安芸城  遺構・復元物]



無料で解放してます。周辺も城下町らしい雰囲気です。

2021年05月03日 刹那F精鋭佐渡守【準備中】
安芸城



一の段の虎口の周りには土塁が残されています。安芸国虎が元親軍に敗れ放火し廃城、当時土塁が周りにはあったのかもしれない。

2021年04月18日 土佐香美真乃佐
安芸城



城跡だけでしたが、元の城郭があったところがあり、城門があったところはよかったです‼️

2019年07月03日 かちゃすけ常陸介
安芸城

高知方面から来られる方、土佐くろしお鉄道(後免⇔安芸)片道¥910なので、ごめん奈半利線フリーきっぷ¥1640がお得です。
安芸から東側未攻略の方は田野までに2城とれるのでなおさらぜひ。

安芸駅からタクシーの場合は片道¥800でした。夏場の行軍に有効ですね。

2017年08月08日 カーネル
安芸城

土佐くろしお鉄道 安芸駅から

バスローターり東の高架の線路をくぐって北へ500m進み、T字を右折し、その先の交差点で左折

あとはとにかく北上します。道が狭いところもあるので注意

雰囲気が城下町っぽくなり、駅から20分ほどで野良時計がる5差路の交差点に
ここは真っすぐ進み、神社と学校の間を進むとT字になるので、旧邸が軒を連ねる狭い道を案内に従って右左折しながら北上し歴史民俗資料館へ

周囲は堀と石垣に囲まれテンション上がります。ここまで30分弱

資料館前の小山に登ると曲輪を確認できました。資料館に寄ってから駅に戻ったのは1時間半強てした
町の雰囲気もよいので散策にピッタリです


2017年06月14日 織田上総介晃司
安芸城

野良時計の脇の駐車場に停めて武家屋敷を通り安芸城跡へ。

堀と枡形虎口の近世城郭と山城の中世城郭が混在する。

安芸城から少し離れてますが岩崎弥太郎(三菱財閥創始者)の生家があります。

2017年05月13日 ダッパンダ
安芸城

ガイドさんに案内して頂き、野良時計から、武家屋敷を抜けて、城址に行きました。
内部が観覧可能な屋敷もあり、お城へと向かう真っ直ぐの道は、当時の様子を偲ぶ事が出来ます。
又、7月にはお掘りに白蓮が咲き、とても綺麗だそうです。



2017年05月09日 源山城守ポンコ2…
安芸城

安芸城へは県道29号線から車で行きましたが、
市立歴史民俗資料館に続く通路脇が駐車場となっているようです。
但し、周辺は民家もあるのでご配慮が必要です。

城内にある歴史民俗資料館は、安芸氏・五藤氏や三菱創業者の岩崎弥太郎に関する展示がありました。(山内一豊の頬に刺さった鏃もありました)

資料館入口の正面にある山が城山で、前に案内板があります。
城山を登り山頂にある一の段に土塁の一部が残っており、南三の段下には石垣が崩れかけながらも残っており、また崩れ落ちた石があちこちに散見されます。

また、南三の段下には五藤家屋敷や土居と言われた土塁に内堀、南正面には石垣で固められた桝形虎口があります。(石垣上には瓦塀の残りが僅かにあります)

資料館→城山→周囲の土塁・堀見学で、だいたい1時間程度でした。

周辺には武家屋敷が残っており、散策するのもいいかもしれません。

2016年07月10日 中務卿一之介
安芸城

追加情報です。
城攻めのあと、時間があるようでしたら、土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線終点の奈半利まで行き、駅前のトンカツ屋さんでお食事を。
土佐名物ではなく、値段も高めですが、特大エビフライの大きさには圧倒されました。

2016年07月10日 中務卿一之介
安芸城

最寄り駅は土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線安芸駅です。
元気バスという地元の循環バスがありますが、本数が少なく、列車との接続もしていません。駅直結の「じばさん市場」で無料のレンタサイクルを借りられますが、雨の日は貸し出さないそうです(傘差し片手運転になるからでしょう)。歩く場合は30分かかります。

土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線には、海側の車体側面のほぼ全面にオープンデッキを設けた車両があります。気候がいいときは狙ってみるといいでしょう。

2013年11月14日 清水若狭守龍親
安芸城

(安芸国) 安芸元泰の子。備後守。安芸氏は蘇我赤兄の流れを汲むといわれる名族で、安芸七守護のひとり。土佐国安芸郡安芸城主。一条氏の女を妻とした。代々土佐東部にその武威を誇り、安芸郡の大領を相伝していたが、長岡郡岡豊城に拠る長宗我部氏の台頭により、長宗我部元親と争った。天文13年に父・元泰が没したとき、国虎はまだ4歳だったといわれ、同族の後見を受けた。当主として活動を始めるのは弘治3年頃のことである。近隣の和食氏や香宗我部氏を圧迫し、勢力拡大を目論む。永禄6年、元親が長岡郡の本山氏と争っている際、幡多郡の一条氏の援軍を得て岡豊城を攻めるも失敗する。この抗争は一条兼定の和睦斡旋によって一応は小康を得るが、永禄12年4月、元親からの岡豊城への招請を謀略と見て断ったことから再び関係が悪化し、7月より決戦に至った。この戦いで安芸勢は侵攻してきた長宗我部勢を矢流山で迎撃するが、敗走。その後は安芸城に籠もって防戦を試みたが、敗色が濃くなるとともに城内から内応者が出はじめた。8月11日には長宗我部軍の総攻撃を受け、ここに安芸城は落城した。国虎は城兵の助命を条件に、菩提寺浄真寺にて自刃したのである。

安芸城の周辺スポット情報

 虎口(遺構・復元物)

 石垣(遺構・復元物)

 毒井戸跡(遺構・復元物)

 一ノ段等(遺構・復元物)

 五藤家安芸屋敷(遺構・復元物)

 土居廓中武家屋敷(遺構・復元物)

 堀切・竪堀(遺構・復元物)

 石積(遺構・復元物)

 虎口(遺構・復元物)

 安芸城跡説明文(碑・説明板)

 藤崎神社(寺社・史跡)

 トイレ(トイレ)

 駐車場(駐車場)

 第2駐車場(駐車場)

 野良時計(その他)

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