天霧城(あまぎりじょう)

天霧城の基本情報

通称・別名

雨霧城

所在地

香川県仲多度郡多度津町奥白方/善通寺市吉原町

旧国名

讃岐国

分類・構造

山城

天守構造

不明

築城主

香川景則

築城年

正平19年〔南朝〕/貞治3年〔北朝〕(1364)

主な改修者

主な城主

香川氏

廃城年

天正13年(1585)

遺構

曲輪、石垣、堀切、物見台跡、井戸

指定文化財

国史跡(天霧城跡)

再建造物

説明板

周辺の城

甲山城(香川県善通寺市)[2.8km]
多度津城(香川県仲多度郡)[3.9km]
爺神山城(香川県三豊市)[6.3km]
朝日山城(香川県三豊市)[6.6km]
丸亀城(香川県丸亀市)[8.2km]
垂水城(香川県丸亀市)[8.8km]
仁尾城(香川県三豊市)[8.9km]
丸山城(香川県仲多度郡)[10.9km]
九十九山城(香川県観音寺市)[12.6km]
西長尾城(香川県丸亀市)[12.7km]

天霧城の解説文

概要 

天霧城は、山の地形などを利用した天然の要害(砦)を造り出した山城です。古代から鎌倉時代にかけて造られた城は多くが山城で、柵をめぐらし、要所に門や櫓(やぐら)を設ける程度の簡単なものでした。室町時代に入り戦乱が長期化、戦闘規模が拡大していくことに合わせて、城郭の規模も次第に大きくなってきました。

天霧城は自然地形を巧みに利用し、実戦的な縄張り(梯郭式)をした要害堅固で、陸海どの方向の動向にも十分に対応できる、地理的な好条件も備えた四国屈指の山城といえます。

歴史 

城主である香川氏は、相模国香川荘出身の鎌倉権五郎の末裔といわれており、14世紀後半に讃岐の守護細川氏に従って入部しました。そして、西讃岐の要衝である多度津・本台山(多度津山:現在の桃陵公園付近)に常の居館を構えました。その後、西讃岐守護代の地位を得た香川氏が有事の際の詰城として天霧城を築城しました。

遺構 

本台山から天霧城までは直線で3㎞ほど、中世山城の基本構造である『守るに易く攻めるに難い』という理想的な山城でした。

天霧城のある天霧山は、多度津町・善通寺市・三豊市と境を接し、瀬戸内海に臨む弥谷山系の北東部に一段高まる山塊です。弥谷山(標高382m)から天霧山(標高381m)にかけての山頂部には、数カ所に高まりがあります。また、山の周囲は急崖急坂の斜面で、全山が自然の要害地形を形成しています。

情報提供:多度津町教育委員会教育課


天霧城の口コミ情報

2024年05月16日 尼崎城讃岐守一口城主
天霧城



[進軍&登山編]4/28、JR海岸寺方面から進軍。(写真①白方MAP。MAPの下部中央から左にかけて天霧山や登山口が記載されています)MAP右下の天霧山の紹介文に「尼斬り伝説」を残すとありました。
進軍中、白方小学校を通り過ぎた辺りから天霧山の遠望を撮影(写真②※左側の山が天霧山、右側の山が弥谷山)。登山口に案内図(写真③、写真④:説明文ズーム)があり、早速長い階段(写真⑤)から登山開始。道中、道が分かりにくかったり、足場の悪い所もありましたが山中のリボン🎗や写真④の説明板の終盤に記載がある西国三十三ヶ所の石仏を頼りに進めば大丈夫でした。無事に登山道のチェックポイントまで登れたお礼に100名城の観音寺城にゆかりの深い西国三十二番の観音寺の石仏(写真⑥)を撮影。写真⑥の石仏から1分もかからないうちに<天霧城本丸跡へ 弥谷寺へ600m>の分岐点(写真⑦)に到着。ここまで私の足で写真③④の登山口から約35分掛かっていました🥾
写真⑦から本丸跡迄は20分弱掛かりました。※写真⑦に東西神社へ降りることはできませんとありましたが、帰路に往路とは反対側の高松自動車部方面に下山したところ東西神社があり天霧城主の香川信景公が合祀されている神社でした。
本丸や周辺の遺構を見学後に四国71番弥谷寺に行くと弥谷寺境内に天霧城の水場(水の手)があり、天霧山から弥谷山一帯にかけての大規模な山城だったことを実感できました。

2024年05月16日 尼崎城讃岐守一口城主
天霧城



[本丸跡登山編]天霧山に登山していくと本丸跡(写真①)の道標があり矢印に従い進軍。下ったり登ったりしながら進んでいくと犬返しの険🐕↪️(写真②③)に到着。名前の通り、引き返したくなる位の勾配で登山道にはロープ🪢(写真④)が設けてありました。ロープがなかったら登りきれなかったので保存会の方々(写真⑤)にこの場を借りて感謝です🙇🏻‍♂️
合戦があったら、攻め手側はこの犬返しの険の急勾配で戦う前にかなりの体力を消耗するだろうなと想像される天然の要害に思えました🤔本丸に近づくにつれて石(写真⑦)が次第に大きくなってくる印象を持ちました🪨
犬返しの険の急勾配を這うように登って頂上を目指し写真②地点から私の足で10分弱で山頂(写真⑥)の本丸跡(物見台)に辿り着きました💦
下山後、山の麓を歩いていたら山の断面図(写真⑧)があったので撮影。写真①の隠し砦〜犬返し〜本丸の勾配がよく分かり、体感した通りのものでした💦

2024年05月16日 尼崎城讃岐守一口城主
天霧城



[本丸&周辺散策編]
参照用で縄張り図(写真①)は麓の登山口にあったものを載せておきます。
本丸到着後、二の丸(写真②)や三の丸(写真③)を見たり、三の丸の上から(写真④)と三の丸の下から(写真⑤)を眺め高低差を確認。空堀も見学したいところでしたが、当日の持ち時間の関係で断念😢
三の丸の下段から本丸方面に戻り、縄張り図の位置関係を確認して石塁(写真⑥⑦⑧)を見学。今までのお城巡りで<石塁>という言葉は<土塁>に比べて聞き慣れないものでしたが、守り手側も石を盾🛡や陰にして安心感があったように感じれました🤔

2024年05月16日 尼崎城讃岐守一口城主
隠砦跡[天霧城  遺構・復元物]



往路に何気なく隠し砦の側を通り抜けましたが、帰路に見学。わざわざ<隠し砦>の表示があったので周囲を散策してみました。まず、攻め手側の気持ちになって眺めてみるとなんの変哲もないちょっとした丘(写真①)に見えます。しかしながら、丘の裏側には守り手側が詰めたり身を潜めて迎撃態勢を整えていたのかもしれないなと思える縄張り(写真②③)でした。写真④のように細い道になって攻め手側の渋滞が発生して進軍スピードが落ちたところを側面攻撃していたのかもと思える砦でした。
天然の地形を有効活用して築いた縄張りに思える隠し砦でした🤔

2024年05月16日 尼崎城讃岐守一口城主
善通寺側登山口、案内板[天霧城  碑・説明板]



天霧山を北側の瀬戸内海側から登った後、南側の高松自動車道方面へ下山。高速道路付近の道に天霧城の説明板や登山道を示す道標があったので天霧山の山頂(天霧城本丸)と合わせて撮影⛰🪧(写真①)南側の方からの方がなだらかな尾根道から急に勾配がきつくなる犬返しの険と呼ばれる稜線がよく分かります。這うようにしてヒイヒイハアハア言いながら登った犬返しの険も登山後に麓から見上げてみると達成感が込み上げてきます。
説明板🪧はかなり年季が入った様子だったので前後半の2枚(写真②③)に分けて上げておきます。こちらからの登山道の一部私道が含まれているとのことです(写真④)
また、南側からは先人方も上げておられましたが史跡の一部が採石により削られている様子(写真⑤山頂部の右側)も見受けられました。
写真①地点から2キロ弱東に向かって歩いていると天霧城主の香川信景公が合祀されている東西神社(写真⑥⑦)があったのでお参りしてきました。※東西神社ですがリア攻めマップに地点登録しておきました🙇🏻‍♂️

2023年12月17日 宇治ひろの勘解由長官ふくやん
天霧城



小雪がちらつく午前7時、登城開始。すぐに雪はなくなったものの海から吹き付ける風が強烈でした。しかし、先人が書かれているとおり、険峻な岩山を利用して作った小径は攻めにくさを感じさせてくれますね。なんとか登りきったあとには瀬戸内海の絶景が見れます。(もう少し樹木がなければ…)ただ、登城路は、強い雨が降ると沢に変身すると思われますので、岩場であることを考えると滑りにくい靴はマストです。有子山城よりキツいかもしれません。

2022年05月16日 マグロ常陸介祐平
天霧城



スーツに革靴のため、残念ながらすぐに引き返してしまいました。お隣の71番札所弥谷寺には、本堂脇に丸亀城の城主の山崎俊家の墓があります。案内板などはありませんのでご注意ください。家紋が目印です。

2021年07月26日 内記かずりヾ(・ε・。)
天霧城



HIGHLY RECOMMENDED!!!

天霧城は標高382mの天霧山山頂に主郭が存します。北麓の香川県道205号線からの比高は375m位でしょか。

かなりの比高を持つお城ですが、感覚としては山城の上にもう一つ山城がある感じ、アップダウンを繰り返しながら長い尾根筋に郭が連続する梯郭式の山城です。

築城者は神奈川県茅ヶ崎市に地名を残す相模の香川氏で、香川氏は桓武平氏良茂流(裏付けに乏しいとされる。)とされ、南北朝時代以降は讃岐守護、室町幕府管領の細川京兆家に従い、讃岐西方守護代として讃岐西部に大きな勢力を持つ細川四天王の一氏でした。

香川氏は戦国時代、長宗我部氏の讃岐侵攻を受け、長宗我部元親の次男、親和を養子として和議を結び、以後は積極的に讃岐の平定に尽力、更には伊予平定の拠点として天霧城を機能させ、伊予東部にも影響力を保ちました。

リア攻めは讃岐の城友さんを頼りましょう。地元の方でないと円滑に全ての縄張を廻る事は困難です。自分は何の不安もありませんでした。

お城は山城ファンを唸らせる事間違いありません。多くの郭は綺麗に削平され美しいとさえ思えるぐらい。岩盤層や巨石を上手く残して利用しており、それは土塁や土壇、虎口(プリミティブな桝形虎口もあったりする。)を構成したりしています。お城は実によく練られていて武者隠しや横入の虎口等で侵入者を阻みます。郭の切岸だと思っていたものが、裏に回ると武者隠しの土塁であったりして思わず感心する事しきり…仔細に見れば実に繊細な縄張です。郭のエッジは切れまくりだし郭間の繋ぎも素晴らしい。思わず出る言葉は「ふぁ〜(かずりの賛辞における最大級の感嘆詞…)」です。又、堀切や土塁、土橋、石積み、水の手なんかも見る事が出来ます。

以前に四国を訪れた際、土佐の朝倉城や久礼城をリア攻めして素直に思ったのが、なんでこれが巷間に上がらないのかという事でした。全く同様の思いをこの天霧城に持ちます。讃岐の城友さんは「讃岐は勝賀城では無く、この天霧城!」と言っていたような気がしますが全くその通り!山城ファンなら見てなきゃ損してますぜ…

讃岐のみならず四国を代表する素晴らしい山城です!自分の拙い口コミでどれだけ皆様に伝わるか不安ですが、讃岐に来たら他は後回しにしてまず最初に訪ねてみて下さいまし!

2021年07月19日 RED副将軍
天霧城



讃岐では珍しい連郭式の山城です。

オススメ度 ★★★★★

讃岐の城友様の素晴らしいアテンドで訪城して参りました。

讃岐の山城といえば、ネットや書籍では引田城と勝賀城が紹介されていることが多いですが、天霧城も同等またはそれ以上の名城でした。やはり地元の方に教えてもらうのが一番です。

地形的に香川県は古代の火山活動により円錐形のいわゆる「おにぎり山」が多く、山城は単郭の縄張りとなりがちですが、標高382mの天霧山に築かれた天霧城は尾根筋にテクニカルなギミックが詰まった曲輪が連なります。

今回は、71番札所である弥谷寺の駐車場から本堂を参拝し登城開始。
登城路を進むと最初の見所の土橋があり、隠し砦に着きます。隠し砦といっても砦を隠しているのでは無く、いわゆる馬出し、武者溜まりの曲輪で兵を隠す土塁は見事でした。
やがて分岐点に差し掛かり「犬返しの険」と呼ばれる急斜面のルートを進みます。斜度がキツい分、短時間で比高が稼げ、登り切る直前の石積みは必見です。
ここからは見事な曲輪群が続きます。連なる各曲輪は枡形虎口と武者隠しの土塁が併設されてキルゾーンを構成。鋭い切岸に堀切と見所が絶え間なく続き、好みの縄張りでした。
瀬戸内海、高松市街のパノラマ眺望を堪能し、「馬連祠」のある曲輪部までが整備されている北端で折り返します。
帰りは堀切から西側の犬走りを通り、井戸を確認。犬走りは狭く、急崖が所々あるので注意が必要です。やがて分岐点に差し掛かり、へんろ道で下山しました。へんろ道も足場が悪く、沢くだりの様でした。

⁡城域約1kmの巨大山城で今回は4時間の散策。
総じて素晴らしい山城でしたが、主郭の東側一帯と北東尾根の一部の遺構が採土により消失しているのが非常に残念でした。

是非、香川に来県の際は天霧城への登城もオススメします。

写真
①最初に現れる土橋
②隠し砦の土塁
③犬返しの険の頂部にある石積み
④巨石を⁡利用した虎口
⑤各曲輪に敷設された枡形
⁡⑥堀切
⑦鋭い切岸
⑧イカつい土塁

2017年05月13日 摂政 なつりん
天霧城

丸亀平野の西端にある天霧山(標高382メートル)の山頂に位置する天霧城。
現在は国指定史跡であるにも関わらず採石場と化しています。
失われていく遺構と景観が残念です。
しかし、麓には広大な麦畑が広がり、4月から5月には黄金の麦畑が何とも幻想的ですので、ナウシカファンは必見ですよ‼
その世界に引き込まれますので、あの♪ランランララ ランランラン~♪のミュージックをお供にどうぞ。

また、讃岐と言えば讃岐うどん。
善通寺市天霧山の麓には沢山の旨いもん処がありますので、事前にチェックをお忘れなく!


2015年10月04日 綱島出雲守八雲
天霧城

天霧城は山の地形を利用した天然の要害で、鎌倉時代から800年以上経つ現代でもその「守り易く攻めるに難い」遺構を残している。まず空堀から井戸までの道は非常に険しく、健脚でも非常に危険だ。石塁から本丸を介して三の丸に続く道も崖っぷちを通るので足元のは常に注意が必要。方形郭から先は時間の都合上進めなかったが危険の表示に従って引き返す方が無難だろう。とにかく実戦的な縄張りと山頂から瀬戸内を望むと陸海どの動向にも十分対応出来ると思われ、まさしく四国屈指の山城であろう。城マニアならたまらない散策が楽しめる。

2013年03月03日 芦屋能登守虎吉
天霧城

本来の登城道は採石場のせいで削られ、山が抉られています。
仕方なく裏手にある弥谷寺から、弥谷山を超えて尾根伝いに登城します。
しかし、道が全く整備されておらず迷いますし、犬返しの険なる急勾配もあり、大体一時間超かかります。道は事前に確かめてください。迷うと危険です。
井戸や外郭、本丸などは残っていますが、採石場がすぐそばまで迫っており、滑落にもご留意を。

天霧城の周辺スポット情報

 隠砦跡(遺構・復元物)

 犬返しの険(遺構・復元物)

 北東端の方形郭(遺構・復元物)

 馬連祠の曲輪(遺構・復元物)

 古井戸(遺構・復元物)

 説明板(碑・説明板)

 本丸跡・隠密取手跡分岐看板(碑・説明板)

 本丸・弥谷寺・白方の分岐点(碑・説明板)

 白方側の登山口、説明板(碑・説明板)

 天霧城址(碑・説明板)

 善通寺側登山口、案内板(碑・説明板)

 鷺井城(周辺城郭)

 大見城(周辺城郭)

 天霧城主 香川氏代々の墓(寺社・史跡)

 東西神社(天霧城主の香川信景公合祀)(寺社・史跡)

 弥谷寺駐車場(駐車場)

 弥谷寺駐車場(有料)(駐車場)

 ビュースポット(その他)

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore