檜ヶ山城(ひがせんじょう)

檜ヶ山城の基本情報

通称・別名

檜ヶ仙城、桧ヶ仙城

所在地

島根県出雲市多久町

旧国名

出雲国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

なし

築城主

東郷忠光?

築城年

大永年間(1521〜1528)?

主な改修者

東郷忠光、多久義敷、毛利氏

主な城主

東郷氏、多久氏、毛利氏

廃城年

不明

遺構

曲輪、土塁、堀切、井戸

指定文化財

再建造物

周辺の城

平田城(島根県出雲市)[5.2km]
本宮山城(島根県松江市)[9.0km]
鳶ヶ巣城(島根県出雲市)[10.1km]
金山要害山城(島根県松江市)[13.7km]
高瀬城(島根県出雲市)[13.9km]

檜ヶ山城の解説文

檜ヶ山城(ひがせんじょう/ひのきがせんじょう)は、島根県出雲市多久町にあった城。

概要
地元の小学校の校歌にも登場し「檜山富士」とも呼ばれるたおやかな山容の檜ヶ山(桧ヶ仙とも)山頂に築かれた山城で、古くは大永年間に東郷忠光が拠ったと伝わる。

1562年の毛利氏侵攻時には毛利方に攻められ、多久義敷率いる城方は良く守り一度は防いだものの、善戦虚しく落城した。

元亀年間の尼子氏残党の蜂起に際しては、毛利氏が改修し在城したことが文献記録からわかる。

遺構
現在も城下には五輪塔や塚が点在しており、周囲には支城の遺構もある。 山上の城郭遺構も良く残り、区域によって郭や切岸の普請の度合いに差があることから、毛利氏による改修の事実を伺わせるものとなっている。 しかし、檜ヶ山への登山道は荒れている上に山頂付近は急峻であり、案内板等もほとんどないことから、登城には注意が必要である。

沿革
大永年間、東郷忠光が拠った。
1562年(永禄5年)毛利氏の出雲侵攻により、多久義敷の善戦も虚しく落城。
1571年(元亀2年)尼子氏残党の蜂起を受けて、毛利氏が改修。

檜ヶ山城の口コミ情報

城之助様[2011年12月09日]
案内板や駐車場はありません。2009年に登山できることを確認しています。登山道がありますが、一部足場の悪い場所がありました

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