石巻城(いしのまきじょう)

石巻城の基本情報

通称・別名

日和山城

所在地

宮城県石巻市日和ヶ丘2

旧国名

陸前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

葛西清経

築城年

鎌倉時代前期

主な改修者

主な城主

葛西氏

廃城年

遺構

曲輪

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

塩野田館(宮城県石巻市)[7.7km]
小野城(宮城県東松島市)[13.5km]
横浦館(宮城県牡鹿郡)[13.9km]
涌谷城(宮城県遠田郡)[20.6km]
花淵城(宮城県宮城郡)[23.6km]
千石城(宮城県大崎市)[24.0km]
彫堂七館(宮城県遠田郡)[25.9km]
寺池城(宮城県登米市)[26.0km]
朝日館(宮城県本吉郡)[30.2km]
利府城(宮城県宮城郡)[30.2km]

石巻城の解説文



日和山(ひよりやま)は、宮城県石巻市日和が丘にある鰐山の南東部分の名称である。

桜の咲く名所でもあり、地元では周辺一帯を「日和山公園」として親しまれている。

日和山 

旧北上川の西岸、石巻の町の歴史的中心の至近にある。平安時代に遡る鹿島御児神社が鎮座する。

鎌倉時代に源頼朝の家人であった葛西清重が奥州合戦の恩賞として牡鹿郡を始めとする近隣の数カ所を受領し、日和山に石巻城を築いたとされる。葛西氏とその所領は天正18年(1590年)に羽柴秀吉に滅ぼされるまで維持された。

江戸時代に書かれた地誌によれば、山の名は石巻から商船が出航する前に、この山に登って天候を観察したことからついたという[1]。参詣のため、風景を眺めるために登る人が多かった[2]。元禄2年5月10日(グレゴリオ暦1689年6月26日)には松尾芭蕉が訪れ、同行の弟子河合曾良が眺望を日記に記した[3][4](『おくのほそ道』参照)。

現在は日和山公園として整備されている。日和山から日和大橋越しに見る旧北上川河口と太平洋、また、旧北上川の中洲であり、内海五郎兵衛が私財を投じて内海橋を架けた中瀬の見える風景は、そのまま石巻の成り立ちと市民のアイデンティティを示すものである。

桜とツツジの名所とされ、山上に芭蕉と曽良の像がある。1983年(昭和58年)に行われた発掘調査によって、石巻城の遺構であると思われる大規模な城郭があったことが確認された。

鳥居 

鹿島御児神社の敷地にある鳥居は、日和山山頂に1935年に建てられたが、老朽化と令和3(2021)年5月の地震などにより一部が破損。

東日本大震災や、その後のニュースなどに多く取り上げられる象徴であったが、旧鳥居を解体撤去し、令和3年12月に新たな鳥居に建て替えられた。

東日本大震災 

2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の際は、多くの市民がこの日和山に登って津波から避難。眼下の石巻漁港や市街地は広範囲に被害を受けた。

鰐山と明神山・羽黒山・日和山 

鰐山(わにやま)は、石巻湾の北側、旧北上川右岸(西岸)、JR石巻駅の南側にある孤立性の丘陵。「鰐陵」「日和山丘陵」「日和丘陵」とも呼ばれる[5][6][7]

鰐山の山塊はおおむねむ台地状をしており、地図上では西辺が約1.6km、南辺が約1.2km、東辺が約1.0km、北辺が約0.8kmのいびつな多角形を呈し、標高は西側約10m、東側約40mと西側に向かって傾斜する。

四方はおおむね崖になっていて、周囲は標高1m前後の沖積平野(石巻平野)に囲まれる。崖は、かつての海の侵食作用による海蝕崖、あるいは、付近を流れる北上川(真野川)、定川(江合川)などの原始河川[8][9]のそれによる河蝕崖と考えられ、西側と南側の崖下には侵食後に形成された浜堤が接続する。

旧北上川に面した東辺の中部に谷が刻まれており、江戸時代より当地の中心部だった石巻市中央(旧・石巻村)から連続する谷底には石巻小学校、石巻市庁舎跡()、石巻消防署中央出張所などがある。この谷から鰐山に上がった坂の上の海門寺公園内に石巻神社()が鎮座する。

この谷をはさんで鰐山の北東凸部が羽黒山(標高49m)、南東凸部が日和山(61.3m)と呼ばれる。

また、北西凸部は明神山(30.5m)と呼ばれる。

羽黒山の頂上部には旧・石巻村(現・石巻市中央ほか)鎮守の鳥屋(とや)神社、日和山の頂上部には旧・門脇村(現・石巻市門脇)鎮守の鹿島御児神社が鎮座する[10]。また、明神山の頂上部には鳥屋崎(とやさき)神社が鎮座する。

鰐山上には「山下町」「泉町」「宜山町」「大手町」「南光町」「羽黒町」「日和が丘」の7つの町丁があり、一部が隣接する崖下の地区を含む。

三角点は、鰐山から北西に外れた平地にある石巻市38開発公園内に四等三角点「鰐山」(標高0.71m)、鹿島御児神社の北側に三等三角点「日和山」(標高54.34m)がある。

名称 頂上部 三角点[11]
最高部 公園 神社 等級 標高 位置
鰐山 中心部() 四等 0.71 m
明神山 30.5 m() 明神山公園 鳥屋崎神社(30.5m)
羽黒山 49 m() 羽黒山公園 鳥屋神社(47m)
日和山 61.3m() 日和山公園 鹿島御児神社(59.6m) 三等 54.34 m

関連作品

以下は日和山を主題にした作品。

  • 「日和山公園」 - 2016年のアルバム『ナリシカー』(キングKICS-3342所収) 作詞、作曲、歌:成底ゆう子(シンガーソングライター)[12]

石巻城の口コミ情報

2021年08月24日 けんさん
石巻城

本日、訪城した際、日和山公園付近で、道路工事中で通行規制がありました。また、神社の鳥居周辺も工事中で、行かれる方は、注意してください。

2021年08月24日 疲れた人
石巻城



石巻城から石巻湾を見て、このお城がある周辺の地形の素晴らしさに感心していたら、散歩している地元のおじちゃんたちに声をかけられました。

どこから来たの?城が好き?仙台城の石垣すごいよね、見た?などなど、散歩に来た方に次々と声をかけられ話していましたが、最後に震災の話になり、本当に沢山のお話を聞きました。

津波が来たら絶対にすぐに逃げること、津波てんでんこだよ、避難所に行ったら大丈夫そうだからってうちに帰ったらいけないからね…と多くは語らずに、うっすらと涙を浮かべながら何度もお話をしてくださる方もいました。自分はもう、ただうなずくことしかできませんでした…。

写真1枚目の撮影者の立ち位置は、お城の主郭にあたる場所です。
石巻湾をのぞむこの場所は、雪の降る中を避難されてきた沢山の方で溢れ返り、津波に呑まれた街を見て、なんの言葉にもならずに、手を握り肩を寄せ、みんなでただただ泣いていたそうです。
眼下に見える門脇地区と南浜地区は甚大な被害を受けた地区です。現地には、震災前の街の写真と当日の写真と説明が書いてあるパネルもありますが、現在との違いに驚きます。また、ここからは、石巻南浜津波復興記念公園も見ることができます。

今は静かで穏やかな海を見ながら、本当に心から祈りを捧げました。

お城歩きをするためのアプリには、こういう話はいらない情報かもしれません。ここに来たら、石巻であの日何があったかも知ってほしいんだと言ったおじちゃんが忘れられないです。悩みましたが、これもこのお城の長い歴史の1ページだと思い書いた次第です。

①震災よりもさらに昔、宅地化される前は湿地だっとのこと。
②東側から北上川を見る。向こうの山にもお城や砦がありそう…。
③主郭にある鹿島御児神社の拝殿。
④⑤神社の南東側。南奥でよく見てきた切岸と勾配で守る城か。すごく綺麗。葛西氏はいい仕事しますね。
⑥発掘調査により、神社の北側から堀跡が出てきたそうです。建て替えたと思われる真新しい本殿の下に眠っているのかな。本殿の裏側には入れないようになっていたため、神社の駐車場から、本殿付近を妄想して眺めました。
⑦鹿島御児神社付近の住宅の段差はみな怪しい。郭なのかも?あるいは畑だった可能性も…
⑧ 石ノ森萬画館付近の橋から見るお城がある日和山。

2021年07月23日 藤陸奥守重真
石巻城



駐車場完備です。城跡に鎮座する鹿嶋御児神社の大鳥居は建て替え作業のため撤去されています。

2020年07月26日 大納言Z越前守369
たい平桜[石巻城  その他]



笑点でお馴染みの林家たい平師匠は、大学卒業を控え、落語家の道に進むべきか悩み、自分を見つめるために東北に旅に出ました。
そこで立ち寄った石巻市の老人施設で落語を披露し、沢山の笑顔に出会い感激したたい平師匠は日和山に登り、まだ幼木だった桜の木の前に立ち、石巻の街に向かって落語家になる決意をしたそうです。
そのようなことから、この桜を「たい平桜」と呼び、大切に管理されているそうです。
日和山に登る急坂を登ったところにあります。

2019年10月23日 宮内卿清老頭天和
川村重吉像[石巻城  碑・説明板]

北上川の治水工事を行なって仙台藩発展に貢献

2019年05月24日 ⛫武蔵の謙
石巻城



城の面影が残る日和山の一角。前期葛西氏の本拠。葛西氏の南北朝期後半~室町期の動静は不明な点が多い。南朝に与した葛西清貞の頃隆盛を極めた。

2019年05月23日 ⛫武蔵の謙
石巻城



城の面影を残す日和山公園の一角。葛西清重公は奥州合戦の恩賞に牡鹿郡周辺を賜る。以後石巻城は葛西氏の重要な拠点として機能する。12/2撮影。

石巻城の周辺スポット情報

 石巻城趾碑(碑・説明板)

 川村重吉像(碑・説明板)

 説明板(碑・説明板)

 鹿島御児神社(寺社・史跡)

 公衆トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 日和山公園第一駐車場(駐車場)

 たい平桜(その他)

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore