狭山陣屋(さやまじんや)

狭山陣屋の基本情報

通称・別名

狭山藩陣屋

所在地

大阪府大阪狭山市狭山3

旧国名

河内国

分類・構造

陣屋

天守構造

なし

築城主

北条氏信

築城年

元和2年(1616)

主な改修者

主な城主

北条氏

廃城年

遺構

移築門

指定文化財

市史跡

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

陶器城(大阪府堺市)[2.9km]
小谷城(大阪府堺市)[5.4km]
丹南陣屋(大阪府松原市)[5.7km]
龍泉寺城(大阪府富田林市)[5.9km]
高屋城(大阪府羽曳野市)[6.8km]

狭山陣屋の解説文

狭山陣屋(さやまじんや)は、河内国丹南郡池尻村および半田村(現・大阪府大阪狭山市狭山)にあった陣屋で、狭山藩の藩庁である。

概要
天正18年(1590年)、豊臣秀吉による小田原征伐により、後北条氏5代当主北条氏直が高野山にて蟄居を命ぜられ、これに氏直の叔父にあたる北条氏規も従った。翌年赦された氏直は秀吉から1万石を与えられたが、程なくして死去し、後北条氏の本家筋は絶えた。

立藩前夜、氏直から家督を相続した氏規は河内国に7千石を拝領し、大坂屋敷で政務を執っていた。慶長5年(1600年)に氏規が没すると、氏規の嗣子である北条氏盛は、遺領7千石と下野国に拝領していた自身の4千石を併せて1万1千石の外様大名となり、狭山藩が立藩され、初代狭山藩主となった。

陣屋は広大な狭山池の東畔に築かれた。元和2年(1616年)、2代氏信の代に陣屋を池尻村に設置し、3代氏宗の代に本丸にあたる上屋敷が完成した。5代氏朝の代には東除川対岸の半田村に下屋敷が完成した。以後12代氏恭の代まで続き、明治維新を迎える。

御殿は天明2年(1782年)に焼失し、天明6年(1786年)に再建された。

遺構
遺構は大阪府堺市堺区神明東2丁目にある浄土真宗本願寺派堺別院に陣屋表門が移築現存されている。陣屋跡には何も残されていないが、上屋敷跡付近の公園に石碑と説明案内板があり、下屋敷跡は旧狭山遊園地(さやま遊園)として利用されていた。市の埋蔵文化財に指定されている。

交通
南海高野線 大阪狭山市駅下車。徒歩にて約10分程。

狭山陣屋の口コミ情報

左衛門尉ねこすずめ様[2016年05月27日]
城郭基本情報のmap をあてにして行くと、ちょっと違う場所に行くことになります。スマホのナビで狭山陣屋と入力して、確認して行った方がいいと思います。場所自体は行けば一目で分かります。

てっちゃん掃部頭50様[2012年06月17日]
近くに有る「大阪府立 狭山池博物館」(無料)に小さいですが狭山藩関係の展示スペースが有ります。
丸瓦の一部や食器 甲冑や刀 系図等展示されています。

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