松森城(まつもりじょう)

松森城の基本情報

通称・別名

鶴ヶ城

所在地

宮城県仙台市泉区松森内町

旧国名

陸前国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

築城主

国分氏

築城年

不明

主な改修者

主な城主

国分氏

廃城年

遺構

曲輪、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

碑、説明板

周辺の城

岩切城(宮城県仙台市)[1.8km]
笹森城(宮城県仙台市)[2.2km]
小鶴城(宮城県仙台市)[4.3km]
長命館(宮城県仙台市)[5.4km]
利府城(宮城県宮城郡)[5.7km]

松森城の解説文

松森城(まつもりじょう)は宮城県仙台市泉区松森にある山城。鶴翼の陣形から別名、鶴ヶ城(つるがじょう)とも言う。

国分盛顕が移り住み、国分盛重が出奔した後は伊達家の所領となり、毎年、仙台藩の野初の舞台となった。

松森城の口コミ情報

主税助ガブニャン様[2016年11月19日]
現在、城めぐ城主なので写真をアップしてみました

見処が同じなのか、先人とかぶってしまいます

久しぶりの城は、カラスがわめき散らす相変わらず寂しい城でした

この城に限りませんが、看板はありますが入口分かりにくいです

隣りの岩切城と同様に仙台市北東部方面の展望は素晴らしい限りです

本丸跡には桜が植えられてますが、草ぼうぼう 

本丸跡の西側の二の丸跡は雑木林で整備はされてません

車で中腹の駐車場迄来られ本丸迄の道や東の郭迄の道は舗装整備されてます 

某国営大河ドラマの時期に整備され直されましたが、また放置されてる様に思います


昔本丸跡にあった神社というか祠は何処に移したのかな?


もうちと、現城主としては目をかけて欲しいところです


可児着陣陸前守JUN様[2016年02月20日]
城郭考古学研究で有名な千田嘉博先生(奈良大学学長)の著書『戦国の城を歩く』(ちくま学芸文庫)の第一章「城にたどる歴史」の扉ページに掲載されている切岸写真は、本丸の北東部に位置しています。
園路になっている本丸南面の園路から、未整備の細道をぐるりと迂回すると数分でたどり着きます。
切岸付近には倒木があったり、切岸の斜面は冬枯れ時期でも雑木や枯草で生い茂っていて、掲載されている写真と同じような状態での全容を見ることはできませんでした。
付近には規模の小さい郭やトラロープが張られた堀切も確認できました。

先人が書かれている公園から南東部に位置する薬師神社の石段を登ると砂質の堀切が確認できます。

城跡の周囲一帯を回るのに約2時間かかりました。

リア攻めの参考にしていただければ幸いです。

可児着陣陸前守JUN様[2016年02月20日]
公共交通機関で行く際は、宮城交通バスJR仙台駅前始発で地下鉄八乙女駅もしくは泉中央駅経由(1日10便、約1時間所要、運賃500円)か、地下鉄泉中央駅始発の鶴が丘ニュータウン行き(平日は概ね1時間に2便、土日祝日は概ね1時間に1便、約15分所要)のバスに乗り、松森市民センター入口バス停での下車が一番便利です。登城口を過ぎ、10台程の駐車場まで徒歩約10分。朝夕のみ1便ずつJR岩切駅↔地下鉄泉中央駅間を結ぶバスは走っています。
バス停付近にはコンビニ2軒と自販機あり。
城跡の一部は公園になっていて、本丸部分の2つの郭は整備されていますがトイレはありません。昨年夏に訪れたときは夏草が生い茂っていて除草作業がまだだったタイミングでしたが、今日は冬枯れしていたため郭や切岸、堀切は確認しやすかったです。
園路で整備されていないところは滑りやすいため、降雪や雨上がりがない時期に滑りにくい靴で訪問されるのが賢明と思います。

カーネル様[2016年01月03日]
東北本線岩切駅から歩く。まずは岩切城へ

岩切城から松森城へ行くには、岩切駅方向に戻り県道35号にでてから西に行くのが確実ですけど、かなり遠回り
なので、高森山公園前の道路をさらに北へ。奥へ進むとガードレールで通行止めになっている林道があるので、これを南へ進みます
下草で埋め尽くされている箇所であったり岩が崩れてて進み辛い箇所もありましたが、もう戻りたくない一心で歩くとショートカットできます

生活道路にでたら西へ向かい、松森城の南端からよじ登って薬師神社へ向かうと、狐がこちらにに気付かずにたそがれていた。すぐ近くまでいったら、驚いて逃げました。かわいかった

結局神社から尾根沿いは行けず、一度ふもとの道路に戻って西進して、城の南から舗装路で駐車場へ

お城自体は小ぶりですが、駅から遠いので往復3時間弱かかりました

歩き計画されている方の時間目安になれば幸いです

毘沙門天山城守乱丸様[2011年11月26日]
現地にて攻略城跡の遺構を確認しましたが震災による落石や手すりの崩壊、地割れ

さくら主膳佑にゃ〜様[2011年06月03日]
今さらジローくん城主就任祝い
築城時期は不明だが、天文年間(1532-55)初頭には国分氏によって築かれていた様で、留守氏の岩切城と対峙する城であった。後に国分氏は伊達氏に臣従、天正五年(1577)伊達晴宗の子盛重が国分氏の名跡を継ぐと、その頃に小泉城(若林城)より移り住んだとされる。しかし盛重は家中統制に苦慮、同十五年(1587)に伊達政宗によって国分氏の名跡を剥奪され後に出奔、以後松森城は大崎領への境目の城として伊達氏直轄領となった。
なお藩政時代の松森在所はここじゃないですよー。

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