大葉沢城(おおばさわじょう)
大葉沢城の基本情報
通称・別名
- -
所在地
- 新潟県村上市大場沢字寺山
旧国名
- 越後国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 鮎川氏
築城年
- 室町時代
主な改修者
- -
主な城主
- 鮎川氏
廃城年
- 慶長3年(1598)
遺構
- 曲輪、土塁、横堀(空堀)、畝状竪堀群
指定文化財
- 県史跡(大葉沢城跡)
再建造物
- 碑、説明板
周辺の城
-
村上城(新潟県村上市)[4.4km]
猿沢城(新潟県村上市)[5.6km]
平林城(新潟県村上市)[12.5km]
上関城(新潟県岩船郡)[17.4km]
奥山荘城館(新潟県胎内市)[23.3km]
小国城(山形県西置賜郡)[27.4km]
大川城(新潟県村上市)[29.7km]
加地城(新潟県新発田市)[33.6km]
新発田城(新潟県新発田市)[36.4km]
小国城(山形県鶴岡市)[37.2km]
大葉沢城の解説文
大葉沢城の口コミ情報
2026年06月17日 necoo
大葉沢城
村上駅のむらかみ旅なび館で自転車を借りて、村上城・大葉沢城を攻略しました。村上駅からは平坦な道のりで自転車30分弱で着きます。
ふもとの普済寺から15分ほど登り遺構に出会えます。堀切・畝形阻塞の状態が非常に良く興奮します。
また草などを切った後でしたので、遺構の確認が容易になっておりました。
ところでマダニに刺されてしまいました。ここだから危ないという訳ではなく、日本全国に生息しているので、山の中に(公園とかでも)入れば刺される可能性があります。そこで参考までに、今回とった行動を報告します。(私の服装は帽子を被り、下は長ズボンのジーパン、上はTシャツに長袖のワイシャツでした)
12:30大葉沢城に登頂。遺構を堪能して14:00下山。14:30村上市街若林邸宅で発覚。病院を探し(日曜だったので休館の所が多かった)、救急医療を手続。借りていた自転車返却後、村上総合病院に着いたのが15:10。その後処置をして16:00に病院をあとにしました。(マダニの除去は除去用の器具を使ってすぐ終わりました。)
皆さんにお伝えしたいこととして、マダニは刺されても、自分で取らないことが重要です。無理に取ろうとするとマダニの身体がちぎれ、感染症のリスクが上がります。また患部に針が残り、除去しずらくなるので、触らず速やかに病院で処置するようにして下さい。
今回、良かったこととして、行った病院で専用の器具があり、すぐ除去出来た事です。マダニの除去は医師の方もレアなケースだそうで、写真を色々撮られてました。そういう事柄から対処法として
①マダニに刺された事を自身でしっかり確認する②事情を病院に説明して、対処可能か確認する
このことが肝要なのかと思います。
みなさまのお城探索の際の一助となれば幸いです。
追伸。若林邸宅で地元病院を教えて頂いた学芸員の方、ありがとうございました。お陰で素早く対応・処置が出来ました。
2025年06月09日 NEKO右近衛中将YAMA
大葉沢城
村上駅からは攻城できず、タクシーで向かいました。往復4,000円強です。運転手から村上城のこととか、熊が出るとか、いろいろ教えていただきました。過去にもタクシーで向かった人がいたみたいですよ。
2024年10月09日 ファン掃部助トム治郎
大葉沢城
村上駅から自転車を借りて約10キロ弱。大葉沢の集落の南、普本寺から約5分くらい登り尾根道を西に行きますと畝形阻塞に到着。見応えあります。。城の本丸などを示す看板はありません。途中猿がいました。
2020年11月02日 三春田村氏
雷神社・大葉沢城入り口[大葉沢城 碑・説明板]
雷神社鳥居を潜って神社へ。その後裏にある畝形阻塞を見ながら普済寺へ。
2019年04月27日 征夷大将軍 びゅ~てぃみみ
大葉沢城
雷社から案内板に従って降りていくと二重堀切現る。その先は畝形阻塞が続いていますが、横堀を歩きながら畝形阻塞を眺めるも良し、1つ1つ竪堀に入り堪能するも良し、土上に登るも良し。各々の楽しみ方で土の城、是非大葉沢城を大いに感じてみてください♪
2019年04月23日 征夷大将軍 びゅ~てぃみみ
大葉沢城
最大の見所…宮山にある畝形阻塞。ゴボウ峰と呼ばれる。横移動ができぬほどの竪堀数、土のモリ感と堀~バランス良し♪百聞一見に如かずです。
2016年04月18日 大膳亮虎すけ
大葉沢城
日本海東北道を利用する場合
朝日三面ICは新潟方面からは出られますが鶴岡方面からは出られません。鶴岡方面からおいでの方は朝日まほろばICから高速道路へは入らす国道7号線をご利用ください。
古渡路交差点を朝日三面IC方面に進むと右側に武将の看板がお出迎えしてくれます。そこから更に進むと案内板と集会所らしき駐車場があります。
大葉沢城へは普済寺ルートと雷神社ルートの2コースあり、どちらを選んでもつながっています。
寺ルートは土塁へ、神社ルートは畝形阻塞への近道になっているようです。
大葉沢城の周辺スポット情報
畝堀(遺構・復元物)
雷神社・大葉沢城入り口(碑・説明板)
寺山山城(周辺城郭)
坊山城(周辺城郭)
小川館(荒山館)(周辺城郭)
菅谷城(周辺城郭)
下渡山城(下渡ヶ島古城・下渡城)(周辺城郭)
山辺里館(周辺城郭)
御所館(周辺城郭)
大館館(天神岡館・大館)(周辺城郭)
日下館(周辺城郭)
笹平城(庄巖城・将軍嶺)(周辺城郭)
小揚城(周辺城郭)
小揚要害(周辺城郭)
普済寺(御城印)
駐車場と説明板(駐車場)
3台程度(駐車場)
普済寺登城口(その他)










遺構
村上市大場沢集落南方の丘陵先端部に立地する山城である。城域は普済寺(ふさいじ)がある寺山と雷(いかずち)神社がある宮山の2つに分けられ、それらの間は堀切によって遮断されている。
城の主要な遺構は宮山に集中しており中枢的な役割を担っていたとされる。宮山には郭や空堀・土塁の他に、南側にかけて50条以上の畝状竪堀(阻塞)群を良好な形で残しており、現在「大葉沢城跡」として新潟県の史跡に指定されている。
歴史
城主であった鮎川氏は近隣の本庄城(現村上城、村上市)に拠る本庄氏との間に度々干戈を交えた。永禄11年(1568)、越後の大名上杉謙信の家臣・本庄繁長が叛乱を起こした際には(本庄繁長の乱)、時の当主鮎川盛長が謙信に従ったため大葉沢城も戦火にさらされたという。慶長3年(1598)、上杉景勝が豊臣秀吉の命によって会津へ移った際に鮎川一族も行動を共にし、城は廃城となった。
交通
・JR東日本羽越本線村上駅から車で約25分参考文献
・『埋文にいがた No.655』新潟県埋蔵文化財調査事業団、2008年10月。・『新潟県中世城館跡等分布調査報告書』新潟県教育委員会、1987年3月。
・『日本城郭大系 第7巻』新人物往来社、1980年。