浦賀城(うらがじょう)
浦賀城の基本情報
通称・別名
- -
所在地
- 神奈川県横須賀市東浦賀2
旧国名
- 相模国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 北条氏康
築城年
- 16世紀後期
主な改修者
- -
主な城主
- 後北条氏
廃城年
- 1577年?、1590年?
遺構
- 横堀(空堀)
指定文化財
- -
再建造物
- 説明板
周辺の城
-
佐原城(神奈川県横須賀市)[3.7km]
衣笠城(神奈川県横須賀市)[6.3km]
芦名城(神奈川県横須賀市)[10.6km]
造海城(千葉県富津市)[11.3km]
新井城(神奈川県三浦市)[13.6km]
六浦陣屋(神奈川県横浜市)[13.6km]
三崎城(神奈川県三浦市)[14.4km]
鐙摺城(神奈川県三浦郡)[14.8km]
飯野陣屋(千葉県富津市)[15.4km]
青ヶ台城(神奈川県横浜市)[15.7km]
浦賀城の解説文
[引用元:Wikipedia「浦賀城」の項目]
浦賀城(うらがじょう)は、神奈川県横須賀市東浦賀にあった戦国時代末期の日本の城(山城)。
城跡は浦賀港の入り口である叶神社(東叶神社)境内の明神山にあり、浦賀水道から房総半島が一望できる。
概要
安房里見氏からの攻撃に備えて、北条氏康が三崎城の支城として築いた。
里見義弘との房相一和後に廃城となった説と豊臣秀吉の小田原征伐後に三崎城同様廃城となった説がある。
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浦賀城の口コミ情報
2026年01月21日 東堤北星
亥ノ崎台場[浦賀城 周辺城郭]
戦争遺構としての「猿島砲台」という名称で知らています。ここでは江戸幕府の施設としての台場について触れたいと思います。
亥ノ崎台場は江戸湾の防備力強化を目的として弘化4年(1847)に卯ノ崎台場や大輪戸台場とともに建設されました。これら3つの台場を総称して「猿島台場」と呼ばれています。当台場は猿島の北部に位置し、川越藩が防備を任されていました。しかし、建設以来一度も実際に使われることなく開国を迎えた模様です。そして安政2年(1855)に発生した安政江戸地震により壊滅的な被害を受け猿島の3つの台場は放棄されました。
亥ノ崎台場があった場所は明治14年(1881)より日本軍の砲台が建設され、太平洋戦争の際には高射砲が設置されました。前述の地震の影響もあり、江戸時代の台場としての遺構は現存しないそうです。また、その高射砲も日本の敗戦とともに撤去された為、現在は土台のみが残る広場となっています。
現地の看板には少しだけですが江戸時代の台場についても触れられています。また、景色のよい所にあるので台場跡としてではなくても十分楽しめる場所になっておりますので、ぜひ訪れてみてください。
城郭基本情報
名称 亥ノ崎台場
通称・別名 猿島台場
所在地 神奈川県横須賀市猿島
分類・構造 台場
築城主 江戸幕府
築城年 弘化4年(1847)
主な城主 川越藩
廃城年 安政2年(1855)
遺構 台場としてはなし
指定文化財 国指定史跡
復元 なし
跡地 猿島公園(猿島砲台)
おすすめ度 ★★★☆☆
見学所要時間 20分
アクセス 猿島桟橋より徒歩25分程
服装目安 普通
[城郭関係ない個人話]
…2年前(2024)に訪問して、今になり口コミ書こうと思ったら写真消えてました…再攻確定です…悔しいので唯一残っていた猿島の画像を貼っておきます。
2026年01月03日 くろちび上野介
浦賀城
浦賀城は日本城郭大系6によると三浦道寸築城になっています。北条氏は1580年天正8年には安宅船10隻持っていたそうです。その船を浦賀の入江、つまりこの城の東側大室と言われる場所が深い谷になっており、船の停泊として好立地で、船を岸に引き上げておくこともできたそうです。修造、建造もしていただろう、とのことで今のドックのようだったのかもしれません。「真書太閤記」での浦賀城落城の様子では秀吉が黒田官兵衛7000騎を差し向け、官兵衛家臣後藤又兵衛が城正面を攻撃するとみせかけて背面に軍船を漕ぎ寄せ、そこから焙烙矢を城に向かって打ち込む作戦にでます。この焙烙矢は鉄砲伝来前から使っていた陶器に火薬を詰めた手榴弾のような火器で1590年この戦いで城は落ちます。ペリーの黒船が停泊したのもこの辺りです。(名城の謎)
浦賀城から房総半島が一望できますが、浦賀から一番近いのが造海城。この城は北条軍に対抗する為に里見氏が拠点としました。浦賀から房総迄七子漕、船頭一人に漕ぎ手6人で約2時間かかったそうです。現在この浦賀水道を三浦半島京浜久里浜から千葉金谷迄のフェリー(乗車賃1000円)が40分なのでかなり早いです。1525年から1590年迄の65年間で里見氏側が9回、北条氏側が8回渡ったことがわかっているそうです。(戦国名将の居城その構造と歴史を考える)造海城、現在私有地になっているために登城できないようですが、間違ってもナンとかリゾートにはならないことを願うばかりです。以前、城近くの寺にいた方にお尋ねしたら、子どもの頃よく上(城)に上がって遊んだけど、行っても何にもないよ、せっかく来たのだからすぐ近くの手堀りのトンネル(燈籠坂)でも見ていったら、とのアドバイスで、トンネル脇の神社から城に登城できることに気がつかずに帰ってしまったことが今でも残念でなりません。
浦賀は干鰯問屋業で栄えたところです。文祿、慶長の頃から阿波、土佐から漁民が漁にやってきて房総でとれた鰯を干して運んでいましたが、遠く不便ということで元禄の頃浦賀の兵庫屋右衛門が上方へ中継ぎ転送業を始めたといいます。ペリーが来航して上陸の為の砲11発を撃ったとき、住民は恐れて荷物を持って逃げ、町中には干鰯俵を積んでその上に戦砲を備え付け、台場には釣り鐘、半鐘の口を揃えて海に向けて置いたそうです。(こうざか-創立50周年記念誌高坂小学校)
浦賀城本丸は東叶神社横の高い階段を登ったところすぐ。城には本丸、二段の腰曲輪、七曲がりの急坂、桝形土塁、空堀、外堀、出丸、井戸跡があるそうですが、ヤブ化しているので、(言い訳です)わかったのは井戸跡だけでした。城図では神社隣の東林寺裏に出丸、空堀があり、東福寺、東林寺、法憧寺境内も城の曲輪であることから城、神社のある明神山全体が要塞をなしているともいわれています。東林寺にはペリーの軍艦に乗りこんで対応した奉行所与力中島三郎の墓があります。浦賀奉行所跡は対岸西叶神社側にありますが、立て札だけで元の姿はありません。対岸へは渡船400円で行かれます。
城は京浜急行浦賀駅から徒歩15分。バスではかもめ団地行き二つ目停留所。
2025年10月20日 鬼小島J太郎
浦賀城
叶神社の境内裏から、階段を登った先にあります。山の頂上からの眺望を期待しましたが、草木が生い茂っていて浦賀水道の眺めは微妙な感じです。冬に来ると良いかも。
2025年05月15日 武蔵守のむげん
浦賀城
浦賀城麓の東叶神社の駐車場利用。近くには西叶神社とを結ぶ浦賀の渡しがあります。神社裏手の急階段を登ると城址に辿り着けそうでしたが、時間の都合で階段を見上げて断念しました。神社横でポチでリア攻め判定出ました。御城印はこちらも横須賀中央駅の観光案内所で購入できますが、神社でも別バージョンの御城印が販売されています。
2025年02月04日 たーさん中務大輔みゆ
浦賀城
浦賀駅から徒歩20分くらい。東叶神社の奥の宮の裏にあるので、少し山を登ります。城跡から海がとてもきれいです
2024年09月23日 みつるS#S
浦賀城
ここから黒船が見えたんだろうな〜 なんて考えながら暫く見ていました。勝海舟も訪れたことがあるようです。
2024年07月08日 気分爽快甲斐守
浦賀城
浦賀の渡しに行ったついでに立ち寄りました。
山城ですが、すぐに登れます。ただ、この時期は暑く、到達した後の満足感もなしです(私見)。叶神社のHPに縄張り図がありますので、参考にしてください。堀切や井戸跡もあるようなので、冬場についでがあったら再訪してみようと思います。
叶神社で御城印を購入できます。
①浦賀港の対岸から
②ここが主郭か?
③一段高い東照宮から見た②
④東側は藪が少ない時に見たい
⑤南端は見晴らしが良いはず
⑥房総半島が見えた
⑦登り階段を上から。竪堀なら凄いのだが
2023年06月18日 気分爽快甲斐守
第二海堡[浦賀城 寺社・史跡]
第二海堡の上陸ツアーがあるとのことで、参加してきました。戦後処理で施設は破壊され中に入ることはできませんが、東京湾の海の上にこんな人工島を作ってしまった明治の人々には驚かされます。天気が良くても海が荒れていると接岸できないこともあるとのことでした。
①間知石の護岸
②左翼部
③中央部
④西端
⑤レンガ造りの施設
⑥左翼砲台下の施設
⑦防空司令所跡
⑧遠景
2023年03月08日 【配龍】甲斐蔵人頭富士之介
浦賀城
京急浦賀駅から徒歩約20分で東叶神社に着きます。神社前には数台分の駐車スペースがあります。本殿左手の階段を上ると城址です。左手に勝海舟断食の碑があり幕末の歴史を感じます。右手奥に東京湾と房総を臨みます。
2023年01月21日 ᴿᴱᴰ副将軍
浦賀城
浦賀水道から房総半島が一望できる北条水軍の拠点🏯
オススメ度 ★★⭐︎⭐︎⭐︎
築城年代は不詳。
戦国時代には、北条氏康が東京湾を挟んだ対岸の安房国の里見義弘に備えて三崎城の支城としたとされます。
浦賀水道から房総半島が一望できる明神山の山頂部であり北条水軍の拠点でした。
1577年の里見義弘との房相和睦後に廃城となった説と、1590年の豊臣秀吉による小田原征伐後に三崎城とともに廃城となった説があります。
見所
叶神社の背後に聳える標高55mの山頂に築かれています。
本殿裏の階段を登ると主郭に辿り着きますが後世の改変が大きく二段の削平地が認められる程度でした。
眺望が良く、ペリーの黒船四隻が来航したという浦賀水道が一望できます。
2022年04月18日 平兵衛酢左衛門督
浦賀城
東叶神社の左脇から階段を登ると標高60m弱の山の上に城跡あり。奥社的な建物と戦没者碑(大正9年)あり。石垣は見当たらなかった。階段登って奥の東側からは、東京湾、房総半島が間近に見えてこんなに近いのかと驚く。樹木の種類が豊富で保護されている地域とのこと。近所の人の散歩にはもってこいの場所かと。東叶神社の左には、素敵なイングリッシュカフェもある。
2022年03月27日 他力本願寺弾正少弼
観音崎礼砲台[浦賀城 寺社・史跡]
海上自衛隊の敷地のため立ち入り禁止になってます。観音崎灯台から見えるアンテナの下に礼砲台があるそうです。
2022年02月21日 戦国太閤ライダー
浦賀城
浦賀駅から徒歩16分ぐらい叶神社にむかいます。城巡りのマップ検索ではとんでもないところへ行きますよ。ミニストップの細い道に入って下さい。
2022年01月31日 のぶ大宰大弐
浦賀城
叶神社から長い階段を登ると素晴らしい眺めです。堀切を探してみましたが薮多くよくわかりませんでした。
2022年01月27日 みなとん治部卿
浦賀城
神社の本殿脇の階段を上がります。150段くらいかなぁ。かなり疲れましたね。
2020年10月11日 mootze
浦賀城
叶神社に、お参りして、本丸に登ると、何かわからない歴史を、感じる所でした、
2020年10月05日 武蔵守かわせれいと
浦賀城
本丸(南郭)からは房総半島が一望できます。野生のリスを見かけました。訪問したのは10月初旬でしたが、蚊が多い。しかもセミまで鳴いていました。
2020年08月24日 修理大夫初代野見心臓
浦賀城
麓には叶神社もあり、御朱印巡りも同時に楽しめます。
2020年08月15日 ようくん式部卿
浦賀城
東叶神社の裏手に登城口が有ります。200段程度の石段を登ると城址碑にたどり着きます。
2020年08月15日 義助相模守
カフェ クールクラン ウラガ[浦賀城 その他]
こちらのカフェで
浦賀城、怒田城、衣笠城、三崎城、計4城の
御城印が買えます。
2019年10月21日 五瓜ニ唐花紋太政大臣や~きみ
サロンアカンサス[浦賀城 その他]
縄張内の東叶神社境内下から奥の院迄上がる階段途中にあり。
スコーンや珈琲や紅茶、ジントニックがあり。
2017年05月08日 救援不要♪ちょび武蔵守
浦賀城
浦賀港は海上から見ても奥深くまで見渡しづらく船を隠すには最適だったでしょう。その浦賀港の東側に位置します。現在、東叶神社で脇の階段を登り右への階段を登れば頂上部で帯曲輪らしき地形も見れます。そこからの眺望は安房方面の船の動きが一目瞭然です。また右への階段を登らず直進すると堀切らしきとこに井戸跡と思えるものがあります。お越し際は是非、東叶神社と対岸の西叶神社もお参りしていって下さい~
2014年06月04日 兵部大輔冷そうめん
浦賀城
ナビでは叶神社にて検索下さい。無料駐車場が鳥居前に5台分ほど有り。その境内に石垣等が僅かに見られます。
三浦~北条時代の城跡と黒船来航時の勝海舟の逸話、その後の時代の海での殉職者の追悼碑など港町高台の時代を通した役割を感じられます。余談ですが、浦賀は、一時間に200隻余り通過する世界有数の交通量を誇る東京湾の入口でも有ります。
時間の有る方は船の往来も眺めるのもいいかも。タンカー好きな方は、世界一の積載量の船が通過する際などカメラを持って撮影されるそうです。
ちなみに、神社内のカフェにもお立ち寄り下さい。余談は、そこで談笑されていた方々から聞きました。神社から大分、様相が変わるので趣が有ります。
2012年07月29日 キョロ左近衛中将ちゃん
浦賀城
東西の叶神社が渡し船で往復できると言うネタとは別のネタ。それは…『ガリバー旅行記で、ガリバーは来日していて、それが浦賀(観音崎)であった!?』
小人の国や巨人の国等『あくまでもファンタジー』のガリバー旅行記に唯一本物の国として日本が登場します。ガリバーは日本の『ザモスキ(Xamoschi)』に漂着したとあり、XをKにmをnnにcをaにhをkにすると…『観音崎(Kannonsaki)』になると言うもの!?のブロック体の現代人と違い17世紀の書物は筆記体。そう、読めなくもない。しかも目と鼻の先の横須賀の『按針塚』って、英国人として初めて侍になったウィリアム・アダムスのお墓やん!勿論ガリバー旅行記は英国人のスウィフトの作品。これって『アダムスとスウィフトに何らかの交流があった!?』→スウィフトはアダムスをモデルに来日旅行記を作成した?事実ならすごくロマンを感じる。m(__)m
今、横須賀ではガリバーにちなんだイベントを年一回やっています。
2012年01月21日 赤いRVR甲斐守@松本
浦賀城
浦賀駅から南へ1.5キロほど、途中までバスも結構本数あります。駅から二つ目のバス停を降りて細い道を行くと叶神社に出ます。その脇の石段を223段登ると、勝海舟断食の場所があり、その裏手が城跡です。一帯は叶神社の社藪として保全されている場所でもあります。天気が良ければ、いい眺めでしょう。
段郭などが残っていました。
浦賀城の周辺スポット情報
勝海舟断食井戸(遺構・復元物)
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大津陣屋(遺構・復元物)
勝海舟断食の跡(碑・説明板)
浦賀城址説明板(碑・説明板)
浦賀奉行所(周辺城郭)
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叶神社(寺社・史跡)
猿島砲台跡(寺社・史跡)
駐車場(駐車場)
サロンアカンサス(その他)
カフェ クールクラン ウラガ(その他)
叶神社社務所(その他)









