小栗山館(こぐりやまだて)

小栗山館の基本情報

通称・別名

小栗山楯

所在地

青森県弘前市小栗山字沢部

旧国名

陸奥国

分類・構造

丘城

天守構造

築城主

不明

築城年

鎌倉時代後期

主な改修者

主な城主

倉光孫三郎、小栗山左京

廃城年

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

周辺の城

堀越城(青森県弘前市)[3.9km]
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小栗山館の解説文

※この城郭は2021年4月6日に名称と位置が変更となりました。

小栗山館(こぐりやまやかた)は青森県弘前市小栗山にあった館(日本の城)。

概要
小栗山館は、小栗山部落の西約500mの地にある。北東に千年山の尾根、西は大和沢川に臨んだ断崖、東に数段の帯郭、南は昔湿地帯だったという天険の要害である。城は、南西から北東の狭長な地域で、150m×300mの範囲で比高は約80m。

歴史
小栗山館の築城年及び築城主は不明であるが、建武の中興のころ、倉光孫三郎という武将が拠っていたらしい。

建武3年(延元元年、1336年)5月27日、岩館(岩楯)の岩館曽我貞光は北朝について、南朝の倉光孫三郎が籠もる小栗山楯を攻撃したが、撃退した。曽我氏にとって、岩木川左岸地区を手に入れるためには、絶対的に落城させなければいけない為、何度も攻め入られたが、撃退した。その後の小栗山館は、歴史の表舞台に出てこない。

元亀・天正年間の館主に小栗山左京がいる。小栗山左京は、野武士の首領で、津軽為信に従い、石川城攻撃では折笠与七ら83名と共に城門を破壊して、突撃するなど活躍している。その後、森岡信元の所領に小栗山が記載されているが、館自体については定かでない。

参考文献
津軽諸城の研究(1981) 伊吉書院 沼館愛三著
日本の城郭大系(1980) 新人物往来社 菅英志

小栗山館の口コミ情報

2021年05月26日 tk
小栗山館

その2 リア城攻めに挑戦するアップルロード小栗山神社付近は現在改修工事しています。これ迄の農道が遮断されて工事道路を使う 改めて農道を見つけ、山頂に林檎園の中をくぐる様に潜入します。林檎ちゃんが大きくなると潜入は難しい 林檎ちゃんに傷がつくからですよ。もう一つ注意することあります。熊くん🐻捕獲のドラム缶罠が有ります。秋には難しい処です。西側崖下は弘前の新興住宅ですよ。岩木山最高でした。アップルロードのバイパスが完成すると下車 徒歩で3分ですね♪。

2021年05月05日 tk
小栗山館

弘前周辺の民族信仰 岩木山(いわきやま)神社 猿賀(さるか)神社 小栗山神社の後背地に小栗山館はあります。弘前郊外の住宅地造成が進み小栗山館の真下まで造成された その名は天王台なかなかないネーミングですね。由緒有る土地柄ですね。大和沢川の高台に此処も岩木山が良く見える処です。城周辺にはアップルロードが有ります。アップルロードは日本一の生産量の林檎を青果市場に円滑に運ぶ為に 国道7号線から弘前郊外から相馬地区 目屋地区 岩木地区そして岩木山の裾野を周回して日本海側鯵が沢町に延びる農業用バイパスです。小栗山館付近には日本名水百選に選ばれる清水がある。

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