亀ヶ崎城

(かめがさきじょう)

通称・別名

酒田城、東禅寺城

所在地

山形県酒田市亀ヶ崎1-3-60(酒田東高校)

城郭構造
平城
天守構造
築城主
大宝寺氏
築城年
文明10年(1478)
主な改修者
主な城主
東禅寺氏(大宝寺氏家臣)、本庄繁長・甘粕景継・志田義秀(上杉氏家臣)、志村光安(最上氏家臣)、酒井氏
廃城年
遺構
土塁、移築搦手門(円通寺)
指定文化財
再建物
碑、説明板
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本城跡は酒田市役所南東700メートル、標高約3メートルの新井田川の左岸及び右岸を城域とし、左岸には本丸・二の丸を、右岸には三の丸を配し古くは東禅寺城と呼ばれた。現在、本丸・二の丸の大半が県立酒田東高等学校敷地となり、一部は住宅地となっている。また、三の丸は県立酒田商業高等学校敷地のほか住宅地や道路となっている。

遺構として残っているのは、酒田東高等学校敷地内にある二の丸西辺土塁及び北辺土塁のみとなっている。西辺土塁は高さ約2.5メートル、南北約170メートルにわたり、中間部には古絵図にも見える櫓台跡も残っている。北辺土塁は高さ約1.2メートル、長さ約160メートルにわたって残っているが、絵図面等と照合しても一部形状が異なることから、隣接する工場敷地との境界として築き直された形跡がある。

また、唯一の建物遺構として、搦手門が酒田市吉田にある円通寺山門として残っている。さらに、昭和59年、区画整理事業に伴う排水路工事中に、外堀の堀に架かり、鶴岡街道の起点ともなっていた「丸の御橋」の橋脚が発見され、その部材は亀ヶ崎十一面観音堂に保存されている。

情報提供:山形県教育委員会


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